卯の花くたし 今日は朝からやけにむずがっている。抱き上げても乳を含ませても子守唄を口ずさんでも、いっこうに機嫌がよくならない。ひょっとすると熱があるのではと顔に触れてみるが、とりわけて昨日から変わりはなかった。じめじめとした湿気のせいか、やはり今日はどうしても虫の居所が悪いようである。 ややあって、今度はふたりとつめたいものが肩にしたたり落ちてきた。顔を上げると屋根を葺いてあるそぎ板の一枚が濃く変色している。かごめがじっと見ているうちにその黒々とした染みは少しずつ広がっていく。雨漏りの水滴が、つぶつぶと顔に降りかかり、思わずかたく目を閉じた。 こういう日もある、とかごめは自分に言い聞かせる。 泣きやまぬ子をそっと懐に抱き、その重みを腕に感じながら。 そうして──どれほど経っただろうか。 目覚めた時、すでにあの、絶え間ない雨だれにも似た泣き声はやんでいた。かごめはまだ霧がかったように覚めやらぬ頭で、まどろみに見た夢の続きをさがしていたが、ふと、胸に抱いていたはずの温もりが消えているのに気づき、血相変えて板敷きから起き上がる。 かたわらでわが子と戯れる犬夜叉と、視線がかち合った。 きゃっきゃっ、と上機嫌に笑う声がする。父親に抱かれて嬉しいらしい。犬耳をしたたかに引っ張られ、痛えだろうがとぼやく彼も、言葉に反して締まりのない顔をしている。 おもてを上げると、取り葺きの雨漏りの染みは忽然と消えていた。 あたかも初めから存在しなかったかのように。 直してくれたのかどうか、彼に聞いてみようと思うかごめだったが。親子三人水入らずで過ごすひとときの安らぎに、そうした気がかりもいつの間にか埋もれていった。 19.05.16 |