あやめも知らず



「犬夜叉、今の束、もうちょっとだけ左かな。──うん。そうそう、そこで大丈夫」
 端午の節句を明日にひかえる晩。村人たちは自分の家の屋根に上がり、昼間のうちに水辺で摘んできた菖蒲の花と青葉を葺いている。幾振りもの刀をさかしまに突き差したように見える菖蒲葺は、火除けや悪霊除けのまじないとされていた。
 これまでもう何度か経験していることなので、犬夜叉の手つきも慣れたものである。あっという間に葺き終えると、梯子も使わず下で見守っていたかごめの隣に着地した。屋根の出来栄えを確認しながら、満足げに両腕を組む。
「にしても、人間の暦は早えな。まーた"節句"かよ」
「ほんと、早いわよね。ついこの前もお節句だった気がするのに」
 かごめはにこにこしながら、犬夜叉に身を寄せた。彼女が笑顔なら、自然と犬夜叉の頬もゆるむ。
「なんだよ。やけに機嫌がいいな」
「時間が過ぎるのが早いって、今がとっても幸せだからじゃない? 犬夜叉も同じ気持ちでいてくれて、嬉しいなって」
 頭上の軒先で葺いたばかりの菖蒲の花と青葉がさやに揺れている。かごめの指が一本、また一本、犬夜叉の指と絡まってゆき、やがて二つの影は静かに重なった。
 生暖かい夜風が二人の後を追うようにゆったりと屋内へ流れ込んでくる。風に混じる菖蒲の香りが鼻先まで届き、犬夜叉ははたとかごめの肌から顔を上げた。
 ついこの間までは確か梅か桜だったか。──いずれにせよ、この肌の匂いを前にしてはおぼろげな記憶でしかないが。
「次は、あっという間に七夕だな」
「それが終われば、今度は菊……だったかな? それもあっという間よね、きっと」
 かごめは犬夜叉の鼻先に触れて言った。
 いつかの菊の香りをたどるように、犬夜叉はふたたび匂い立つようなかごめの肌に鼻を埋めた。




19.05.02

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