夕まぐれ


 かすかな寝息が耳元で聞こえる。かごめは彼の背中にすっかりからだの重みを委ねていた。どうやら疲れて眠ってしまったらしい。このところはいつもこうだ。だからもうむやみやたらと霊力を使わないでくれと再三言っているのだが。
「私、犬夜叉の背中が一番落ち着くのよね。だから、こうやって犬夜叉におんぶされたまま逝けたら、きっとすごく幸せだと思うの」
 今日と同じような黄昏時の家路で、かごめが何気なくこぼしたことがある。その時犬夜叉は、縁起でもねえと腹を立てたものだった。今にして思えば、あの怒りはかごめを失うという恐怖の裏返しにすぎないのだった。
「なあ、かごめ。おまえが逝く時はおれも一緒に連れて行け、なんて言ったら、おまえ、怒って"おすわり"って言うか? やっぱり、言うよなあ……」
 幾年月も寄り添ってきた愛しい嫁。言いそうなことはおおかた見当がつく。
 犬夜叉ははたと立ち止まるや、自分の胸の辺りに垂れたかごめの手を取り、おもむろにその指先を口元に寄せた。温かな血の通う肌を、後どれほど感じていられるだろうか。
 消えゆく落日を追うように、赤蜻蛉が彼の目の先をかすめ飛んでいった。




19.04.20
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