夏引きの
夏引きの




「行かないで」
 千尋は咄嗟に白い袖を掴んだ。一度は去ろうとした若者が、名残惜しさをありありとおもてに浮かべて振り返った。目が合ったのはほんの刹那。ひと呼吸の後には、再び折り重なるようにして草叢にからだを埋めていた。
「ずっと側にいて、おねがい」
「いつもあの頃と同じことを言うんだね、千尋は」
 そう言うハクも、千尋を腕の中に掻き抱きながら、いつかの夏に口にしたことをまた繰り返している。──何度離れ離れになろうと、自分達は一本の糸で結ばれ、いつかまた、手繰り寄せあう運命にあるのだと。
「だから私を忘れないで、千尋」
「忘れない。……忘れられるわけない」
 千尋はハクの白い肩越しに無限の水を湛えたような空を見上げていた。あそこには青く澄み渡った川が流れている。ハクの姿がその川に吸い込まれそうに見えた。
 空はすべての水の鏡。だから決して、彼を忘れたりはしない。



19.04.20

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