つばらつばら




 さわさわ、と何やらこそばゆいものが、時おり鼻先をいたずらに撫ぜる。犬夜叉が鼻をむずむずさせると、逃げるように離れていくのだが、忘れた頃にまた、しつこくちょっかいを出してくるのである。心地よいまどろみが名残惜しく、しばし身じろぎを我慢していた彼だったが、ある時くすぐったさに耐えかねて、とうとう大それたくしゃみをした。その音に驚いたのか、どこかで野鳥の羽ばたきがした。
 すぐ傍で野草を選り分けていたかごめが、目を丸くして顔を覗き込んでくる。
「ひょっとして、寝風邪ひいちゃった?」
「おれはそんなにやわじゃねえ。──ほら、こいつのせいだ。まだむずむずしやがる」
 犬夜叉は憮然と鼻をすすりながら、自分の寝床の周りに生えている茅萱ちがやを見下ろした。野花や雑草に混じり、野辺の至るところで赤みがかった若穂を伸ばしている。彼は手近なものを一本、そしてまた一本、土の中から引き抜いて、片方をかごめに差し出した。
「なあに?」
「こうするんだよ」
 そう言って、茅花つばなを口の中に含み、奥歯で噛んでみせた。ほのかに甘い汁が染み出てくる。人間の女子供などはこれを甘味として楽しむらしい。だがそれを味わったことのないかごめには、およそ想像がつかぬのだろう。犬夜叉が若穂を噛んだまま再び仰向けになったのを、顔をしかめて見下ろしている。
「苦そう……」
「すさまじく、苦いぞ」
 にやりと笑いながら、犬夜叉は上目遣いで挑発するようにかごめをうながした。
「……ほんとに、そんなに苦いの?」
 恐る恐る、といった様子で、かごめは茅花を舌先にのせる。以前、千振の苦さに悶絶したことが、いまだ忘れがたいらしい。固く目を閉じ、意を決したように若穂を噛む。けれども予期した苦みは一向に感じられず、みるみるうちに拍子抜けした顔に変わっていく。肩を震わせて笑いをこらえている犬夜叉の様子から、彼女は全てを理解した。
「だ、だましたわね? ──全然、苦くないじゃない!」
 犬夜叉は悪戯の仕返しを受けることになる。かごめが馬乗りになり、手当たり次第からだをくすぐり始めたのだ。降参を告げてもなかなかやめてくれない。手足をばたつかせて笑いこける彼の鼻先で、野草の柔らかな穂先が風にそよぐ。日だまりは彼女の匂いを温める。野辺をゆく里の子らが、こちらを指差して楽しげに笑う声がする──。




19.04.18

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