けのこり雪 



 目蓋の裏に揺らめく灯火が透けて見える。先頃まで凍てつかんばかりだった冬ざれの洞穴内に、わずかばかりの暖気が広がっていくのが感じられる。身じろぎできぬ躰の上には綿を入れた丹前たんぜんが掛けてあった。どうやら凍死は免れたようである。
 明かりの側には人影があった。緋袴に包まれた片膝を立て、その膝をかかえるようにしてまどろむ巫女。白い手には手折ったばかりとおぼしき桜の一枝が、花弁から雪解けの露をしたたらせながら、かすかにその身を震わせている。
 鬼蜘蛛の心は、今にもその枝先に触れんとして鼓動をはやめるが、使い物にならぬ肉体は指一本動かすことはできないのだった。
「……どうした? そのように心乱すとは」
 目を閉じていたはずの桔梗がすでに居住まいを正している。心の奥を見透かすようなその美しい瞳が、鬼蜘蛛は不得手であった。
「──おまえのその澄まし顔、何度見ても気に入らねえなあ」
「……」
「桔梗。おまえ、この俺を憐れんでいるんだろう?」
「私から施しを受けることが、それほど気に入らないのか?」
 桔梗はさかしまに問いかけてくる。鬼蜘蛛が目を細めて押し黙ると、手にしていた桜の枝をそっと彼に差し出してきた。
「へえ、ひょっとしてこれも慰みのつもりか?」
「ああ。──私自身のな」
 言い添えて、めずらしく、桔梗がちらと微笑んだ。超然とした玉守りの巫女らしからぬ、淡く儚げな笑みであった。
「折角咲いたのに、この雪では明日にも散ってしまうかもしれない。村の娘達が、野掛けに出そこねたと残念がっていたが……」
 ──おまえも一緒に行くつもりだったのかと訊ねかけ、鬼蜘蛛は皮肉めいた面差しになる。この巫女は、普通の女ではないのだ、里娘達と交わりはしないだろう。
 彼女が手にすれば、取るに足らぬ枝きれも、まるで神に捧げる玉串たまぐしのように清らかに照り映えて見える。その枝からこぼれ落ちる水滴を、鬼蜘蛛は焼け爛れた胸元に、──その渇ききった心の奥深くにまで染み込ませた。




19.04.10

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