八百日詣り
花の便りを聞く頃にはまた会えそうな気がしていた。満開に咲いた桜を一緒に見てみたいと、あの竜の若者がこぼしたから。
「近道をしようか」
千尋は差し出された彼の手を取った。握り締めてくるその手の感触が、生身の存在を感じさせてくれる。これが決して夢などではないことを確かめるために、そっと握り返してみた。
いつもの古びて朽ちかけた祠は既にそこにはなく、朱塗りの鳥居が延々と先へ連なっている。ここは、神々だけが通ることを許された細道だというので、千尋の足がすくむ。
「わたし、通ってもいいのかな」
うん、もちろん、と訳知り顔で笑いながらハクが答えた。
「人間なのに?」
「千尋はとうに神の半身だよ」
彼女の耳元で、内緒話のように囁きかける。
「だから私と一緒に、どこまででも行ける。──試してみようか?」
赤い鳥居と鳥居の隙間から、陽光を照り返してひらひらとひるがえりながら落ちてくるものがある。ハクの肩に散りかかるそれは、雪のようにも、花びらのようにも見えた──けれど若葉であったかもしれないし、あるいは紅葉だったかもしれない。
いずれにせよ、気にかけるまでもないことだった。神々の国に、四季や時間の後先など、あってないようなものだろうから。
2019.04.01