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「……手、ずっと握ったままだね」
 少し気恥ずかしそうに、かごめは笑う。それこそ隙間なく編み込んだ籠の目のように、しっかりと組み合わせてある互いの手と手は、そう簡単にはほどけそうにない。
 かごめの、いかにも処女おとめらしいうぶな反応を目の当たりにした犬夜叉は、心のどこかで深く安堵していた。三年のあいだ、いつか握り締めたいと焦がれつづけたこの手は、ほかの誰の手にも指一本触れられることはなかったのだ。
 もしもこの手から、別の男の残り香などを嗅ぎとろうものなら、手の届かぬ相手へ嫉妬するあまり、彼は胸を掻きむしっていたことだろう。
「手を離したら、またどこかに行っちまうかもしれねえから、もう少しこのままで──」
 握り締めたかごめの手を、犬夜叉は額に押し当てる。まるでそれが、この世の何物よりも得がたい宝物であるかのように。
 待ちわびた再会によってもたらされた歓喜は、彼にとってはしかし、いつまた何時訪れるとも知れぬ別離への恐れと表裏一体だった。喜びが輝きを増せば、恐怖もまた、その影をより一層濃く落とすのである。
 そういった心中のせめぎ合いを、思慮深いかごめは犬夜叉の表情から感じ取ったようだった。
「──どこにも行かないわよ」
 ひとことつぶやいて、柔らかな草のしとねに仰向けになる。頭上に広がる夜空へ向けられた両目が感動に輝いている。同じものが見たくて、犬夜叉は彼女にならった。赤い落日はとうに夜の帳の奥に消え、西の空には宵の明星がひときわ明るく瞬いている。彼にとってはごくありきたりに思える夜空だった。だが隣のかごめが静かに涙を流しているのを目の当たりにした瞬間、──そのひとすじの涙をちょうど流れ星のようにとらえた時、犬夜叉は生まれて初めて夜空がこれほど美しかったことを知った。
 そしてその時にようやく気がついた。三年前は、井戸に入るたび背負いきれぬほどの荷物とともにこちらへ戻ってきたかごめが、今回はたった身ひとつで彼のもとへ帰ってきたことを。
「……自分が、すごくちっぽけに思えるね」
 犬夜叉は上体を起こしてかごめを見下ろした。星々の輝きを映していた彼女の瞳が、食い入るように彼を見つめる。矮小な自分を感じていたのは犬夜叉とて同じことだった。だがもし、彼女がごく小さな存在に過ぎないというのなら、彼自身はあの夜空に散らばる無数の星屑の、ほんの一粒にさえなり得ないのかもしれないと思う。
 ──事を終えた後、犬夜叉は頬に熱く流れ落ちるものを感じた。天にも昇る心地とはまさにこのことで、この時ばかりは恐怖さえもその影をひそめた。現代の奇怪な衣服を脱いだかごめは楓が用意した着物を素肌にまとった。慣れない装いにはじらう姿は、いまだ処女そのもののようだ。
 犬夜叉はかごめを背におぶって歩き出す。言葉を交わさずとも心は通っている。喜びも、恐れも、等分にわかち合う術を彼らはすでに知っている。あとは繋いだ手を決してほどかずにいればいい。
 あの空に、明けの明星が昇るまで。



2019.03.29







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