流れのおだやかな川に、千尋はそっと足を浸す。その冷たさが心地よくて、目を閉じながらゆっくり頭を仰け反らせていく。──するとその白いふくらはぎに、ひとすじの水が意思を持って絡みついてくる。蛇のように千尋をとらえたかと思うと、あっという間に水の中へ引きずり込んだ。
引き結ばれた千尋の唇に、柔らかな口づけの感触があった。竜の若者が、いたずらめいた笑顔を浮かべている。腰から上は
「こんにちは、竜神さん」
竜の恋人はちょっとうなずいて、また千尋の小さな唇を味わった。
「今日はもう会えないのではないかと思った」
「えーと……寝過ごしちゃったみたい」
水の中でもそうとわかるほど、千尋は頬を赤らめた。
「ごめんね。昨日、忙しかったから」
「いや、謝ることはない。疲れているのに会いに来てくれたんだね」
「疲れてなんかないよ。それに、せっかくの休みだし……。どうしてもハクに会いたくて」
「嬉しいことを言ってくれるね」
ハクの手が千尋の頭と腰のくぼみに添えられ、千尋は抱き締められていた。時おり、首筋を彼の唇がかすめ、ぞくぞくするようなくすぐったさに身じろぎする。
「どうしたの、千尋」
くすくすと笑う姿に、彼がわざとこういうことをしているのだと、千尋は確信する。
「ど……どうもしないよ。べつに」
「そう?」
ハクはしばらくの間、千尋のよもやま話におとなしく相槌を打っていた。けれどおしゃべりな千尋がふいに押し黙った。俯く顔がのぼせたようになっている。彼の熱視線にいよいよ耐え切れなくなったのだ。
「つづけて。もっと千尋の話が聞きたい」
顎を持ち上げられ、二言三言、意味のない言葉を千尋はつぶやく。微笑むハクの顔や首筋に、うっすらと光り輝く竜のうろこが透けて見える──。それは彼が千尋を心の底から求めている証である。発情した時、彼は己の内部に秘めた竜の本性に、もっとも近づく。
「千尋」
──頬を撫でる手のかすかな震え。千尋はその手に自分の手を重ねた。見つめ合う瞳の中で、二人は溶けてひとつになる。神でも人でもなく、風でも水でもなく、光でも影でもない存在になる。隔たりなど最初からなかったかのように、始めから自分の半身はそこにあるとでもいうように──互いの奥底まで、深く、深く落ちていく。
2019.03.27