鳥じもの






 罠にかかっていた鳥を、助けてやった。
 林道を歩いていた時のことである。
 身動きが取れずに弱っているのを哀れに思い、縄を解いて逃がしてやった。
 ──次の日、りんの元へ見知らぬ若者が訪ねてきた。
 余所者のような風貌の、不思議な若者だった。聞けば遠くから来たのだというが、荷はなく身一つだった。
「娘さんに世話になったので、恩をお返ししたいのです」
 覚えがないとりんは言うが、若者はただ黙って笑うばかり。恩を返すまでは帰れないと、頑なにその場を動こうとしないので、楓に相談してしばらく村へ留まってもらうことにした。
 ──翌日、若者は朝からりんに付いて回った。
「あなたはどこから来たの?遠くから来たって言ってたけど」
 好奇心に駆られたりんは訊ねてみた。
 海の向こうから、と若者は答えた。
「大陸から?」
 若者は頷く。りんの目が輝いた。
「大陸ってどんなところ?」
 山道からの帰路、日が暮れ始めていた。
 急に若者の足が止まる。
 草陰から現れたのは巨大な毒蛇だった。悲鳴をあげそうになるのをりんはどうにか抑え込んだ。自分が注意を引きつけるから、先に行くようにと若者は促した。当然りんは渋ったが、若者が急かすので仕方がなく駆け出した。
 が、しばらく行ったところでやはり後ろ髪ひかれ、引き返す。
 若者が何事もなかったかのような様子で歩いてくるところだった。ほっとして駆け寄りかけたりんだが、足が竦む。若者の口元が異様に赤かった。
「……怪我、したの?」
 若者は首を横へ振った。夕日が血に見えただけだ、とりんは自分に言い聞かせた。現に一度振り返ってみると、引き結ばれた若者の口元から、赤く見えたものは幻のように消えていた。
 その夜、はたを借りたいと若者が言うので、物置きに仕舞ってあったものを楓が貸した。自分が出てくるまでは何があっても機屋を覗かないように、と若者は念を押した。
 三日三晩、若者は機屋から出てこなかった。妖怪退治で出張っていた犬夜叉たちが帰ってきたのが三日目の晩。犬夜叉は機屋に近づくなり、鳥と毒の臭いがする、と言って眉をひそめた。
 犬夜叉が機屋の戸を開けようとした時、中から戸が開いた。憔悴しきった若者が一反の布をたずさえてそこに立っていた。
 ──若者は、自分は大陸から渡ってきたちんという鳥の妖怪なのだと言った。毒蛇を餌とし、猛毒を体内に持つという。毒を昇華するにはすべての羽を抜き取るほかなく、羽を抜くことは、すなわち死を意味する。
「私の羽で布を織りました。身にまとえばいかなる猛毒や瘴気をも打ち消します。これを、娘さんに受け取ってもらいたいのです」
 儚くも美しい反物だった。どうしてこんなことをするのかと、震える声でりんは訊ねた。若者は答えた。鴆毒をめぐって人々が争いを繰り広げてきた。その醜悪な争いから逃げ回るのに疲れたのだと。──人に化けて生きることも考えたが、それも難しいようだ、と。
 若者はみるみるうちに容貌を変え、最後には、羽を失った鳥の姿で絶命した。

 妖鳥の羽で織り上げられた布は、小袖に仕立てられた。りんがそれを着ていると、殺生丸はあまりいい顔をしなかった。多分、鳥と毒の臭いが鼻につくのだろうとりんは見当をつけていたが、どうやらそれだけではないようだった。
「他の着物は、どうした」
 何度目かの対面で、とうとう殺生丸が言及した。暗に、自分の贈った着物よりも、他の男からもらった着物を好いているのかと、咎めるような口ぶりであったものの、そのことにはりんは気づいていない。だから、
「大切に虫干ししてあります」
 などと、見当違いなことを言う。
 あの若者の行きすぎた「恩返し」を、身にまとうことが彼女なりの供養だった。幼いころから妖怪に関わって育ち、人と妖怪の隔たりについて深く考えたことのないりんだが、あの出来事はさまざまな疑問を投げかけてくるのだった。
「殺生丸さまは、今でも人間がきらい?」
 着物のにおい消しのために編んだ花鬘はなかずらを、りんは自分の頭に載せた。同じものをもうひとつ作ったので、殺生丸の頭にも置いてみる。
 返答はにべもない。
「取るに足らない生き物だ」
「そっか……」
 やや間があり、
「──おまえは、見ていて飽きないが」
 りんの目が一瞬伏せられたが、すぐに生来の明るさを取り戻した。
「だったら、いつかまた一瞬に、旅に連れて行ってくれる?」
「それは、──りん、おまえが決めることだ」
 殺生丸の手が伸びてりんの頬に触れた。その手に頬擦りしながら、猛毒の中でも瘴気の底でも、どこまでもついて行くと誓うりんだった。




2019.03.23 

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