おしろいと口紅



 お姉さまがたにされたの。
 不慣れな化粧をほどこした顔が急に恥ずかしくなったのか、うつむき加減に千尋がつぶやいた。
 ええと……やっぱり似合わないよね。
 すぐに、落としてくるね。
「誰にしてもらったの?」
 その肩をやんわりとつかんでひきとめ、ハクはたずねた。
 ほんの一瞬。
 答えに窮した千尋が、目を泳がせたのを見逃さない。
「誰にせよ、あまり上手ではないね」
 微笑とともに正直な感想を口にすれば、千尋は首すじをほのかに赤らめた。
 きっとそのかわいらしい頬も上気しているのだろう。少女の肌には白すぎるおしろいに隠されてさえいなければ、素の千尋を見ることができたのに。
「ここの者たちの使う安い化粧品は、体によくない。時々ならいいだろうが、あまり使わないほうがいいと思うよ」
 うん、と素直に千尋はうなずいた。おしろいをはたいた顔がかゆそうにしているので、どうやらもう懲りたようだ。
 ハクの手が、彼女の引き結ばれた唇にのびた。
 赤い口紅が小さな口の端からはみ出ていた。紅などあつかったことのない者が差したに違いなかった。親指の先でそれをぬぐい取りながら、ハクはちらりと目を落とした。千尋の紅差し指を見たのだった。
「──顔といっしょに、手もよく洗っておいで」
 千尋がきょとんとした。それから両手を顔の前でひろげて、あっと目を見開いた。
 しどろもどろになって言い訳しながら、逃げるように手水場へ去っていく。
 親指の腹ににじんだ口紅を人差し指とすり合わせながら、さて次会う時にはあの子はどんな顔をするだろうと、楽しげに笑う少年だった。




2019.03.11



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