柚子の木




 ──冬至には湯治を。融通の利く柚子湯を召しませ。
 灯りのこぼれる座敷から、湯女の口ずさむ陽気な唄が聞こえてくる。
 冬至の今夜は油屋の書き入れ時だ。普段から湯治客で賑わいを見せる湯殿が、今日はまた一段と込み合っている。おかげで従業員達は右へ行ったり左へ行ったりと大わらわだった。
「おおーい、大湯の柚子が足りておらぬぞぉ!誰ぞ外から採ってきてはくれぬか?」
 下足番の青蛙が方々走り回って番台蛙の伝言を届けにきた。大湯ではたくさんの柚子を浮かべるので、足りなくなったらしい。ちょうど手の空いていた千尋が引き受けることになったが、
「……ハク様、柚子ってどこに行けば手に入りますか?」
 結局帳場まで聞きに行く羽目になった。庭の柚子はもう採り尽くしてしまったというし、釜爺のところでも使い切ってしまったというのだ。
 話を聞いた竜の少年は嫌な顔ひとつせず、にっこりと笑って千尋の手を取った。
「そういうことなら、心当たりがあるよ」
 ハクは自室の書棚から一冊の古びた本を取り出した。千尋が開いてみると、中身は何も書かれておらず白紙である。するとハクが机の上の筆入れから筆をとり、墨に浸すこともなく何かを書きつけ始めた。窓辺に近寄り、その頁を月の光に当ててみると白紙に繊細な墨絵が浮かび上がってくる。
「これって、柚子の木?」
「うん。これはね、月夜にしか文字や絵の見えない本なんだ。庭へ行ってみようか」
 言われるまま外に出てみると、実を採り尽くしたはずの木が月の光を浴びて輝いている。不思議なことに、枝にはしなるほどたわわに柚子の実が生っていた。
「すごい!まるで時間が巻き戻ったみたいだね」
 木に登り、籠にいっぱいの柚子を入れてはしゃぐ千尋を見上げながら、ハクはまぶしそうに目を細めた。
「ハク、魔法を使ったの?」
「さあどうかな。──柚子は融通の利く木だから、ね?」



2018.12.22

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