夜伽話




 ──空の上には、それはそれは大きな犬が暮らしているのだそうですよ。その犬は燃える尻尾を持っていて、可愛いおまえのようにいたずら好き。夜になると、お月さまを食べてしまうのですって……。

 あれは、遠い日の夜伽話に聞かされたのだったか。
 ──新月の夜半。喉の渇きを覚え、冷たい水を汲もうと外に出たとき、その声はふと犬夜叉の耳元に蘇った。まるで蓋をしていた甕の縁から、澄んだ水が渾々と溢れ出すかのように、思い出の中の声はやさしい寝物語を彼に語り聞かせていた。
 懐かしい記憶のひとすくいを、犬夜叉は自分の腕枕に頭を預けるかごめに、大事そうに分け与えた。
「朔の日には、おふくろの話を思い出したっけ。──でかい犬が月を食ってるところを思い浮かべてよ、暗闇なんか怖くねえって、笑い飛ばしてやったんだ」
「犬夜叉のお母さんって、すごく……素敵なひとだったのね」
 清らかな月のように笑うかごめを、犬夜叉は抱き寄せる。うなじのやさしい香りに顔を埋める。怖くないと言いながら、人間の姿でいるときにはどうしても普段より人肌恋しくなるのだった。
「かごめ……」
 頬擦りする。素肌のまま密着すれば、一度は収まった情熱がにわかにぶり返し始める。ねだるようにじっと見つめると、夜空よりも深いかごめの瞳が三日月の形に笑った。
「いいよ。──もっと強く抱き締めても」
 彼女の甘い囁きに、犬夜叉は、臍の下を爪の先でくすぐられたようなこそばゆさを覚える。
 かごめの声には、時として魔性が宿るようだ。
(おふくろが言ってたな。天界には射手がいて、月を食う犬を、矢を放って懲らしめるんだと──)
 くす、と小首を傾げるかごめのいたずらめいた笑顔が、矢のように犬夜叉の胸を刺し貫いた。



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