Carillon




 現実のように明瞭な夢を見た。
 大きな姿見の中に花嫁が映っていた。見慣れない華やかな化粧をほどこしていたので、しばらくそれが誰の顔か判らなかった。彼女の戸惑いをよそに、花嫁は幸せの化身そのもののような表情で、鏡面に向かってにっこりと笑いかけてくる。──自分のものであって自分ではないその顔を、かごめは呆然と見つめ返した。
 窓の外では鐘が高らかに鳴っている。母も祖父も弟も、そして花嫁自身も泣いていた。花嫁に負けず劣らず真っ白な花束に、きらきらと涙がこぼれ落ちる。母はハンカチを取り出して、化粧がくずれないようにそっと花嫁の目の下に当てがった。
「これからも、家族みんなでずっと一緒にいられるわね」
 扉の向こうにはさらなる祝福が待っていた。純白の花嫁と好一対の、真っ白な花婿が待ち遠しそうに微笑みかけている。老いた祖父と並んで大理石の道を歩きながら、かごめはじりじりと焦燥する。──白のはずがない。私の手を取ってくれる相手は、赤であってほしいのに。
 ステンドグラスの向こうでは鐘の音が鳴り響いている。その音色がにわかに揺らいだと感じた刹那、視界の端に緋色がちらついたような気がした。震える花嫁の手から花束がすべり落ちる。他にはもう何も目に入らない。誰かが唱えている誓いの言葉は、右の耳から左の耳へと通り抜けていく。
「犬夜叉。……犬夜叉、そこにいるの?」
 かごめは花婿の手をぱっと離した。待って、というように強く握り返されたのを、また振りほどいた。糸がぷつりと切れたように目から涙があふれてくる。──ずっと一緒にいられるわね。そう言っていた母と、祖父と、弟の泣き顔が、脳裏でゆっくりと渦をまきながら旋回していた。
 はるか遠くで釣鐘を撞く音が聞こえる。目の端にちらつく、赤。
 ──悪い夢でも見たのか、と。不器用に、けれど優しく涙の跡を消してくれる指を、震える花嫁の手がそっと握り締める。




2019.02.03





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