残 蜩 紅葉狩りの時期になると、いつも二人でその場所を訪れた。 祝言を挙げた年の晩秋に見つけた、いわば「秘境」である。 人気のない奥山の裾野で、鏡のように透き通った水を湛える沢の向こうに、連綿と続く鮮やかな紅葉の木々が見事だった。 「──ここは、犬夜叉と私の秘密の場所ね」 初めて足を踏み入れた時、かごめははしゃぎながらそう言って、犬夜叉の口元に人差し指を立てた。 「誰にも教えねえのか?」 「うん。だって、二人だけの思い出にしたいもの」 祝言から半年も過ぎた頃だったが、かごめはまだ愛らしい花嫁のままだった。甘柿を分け合い、口づけを交わす。 二人して草の上に寝転がり、子犬がじゃれ合うように、日が暮れるまで思うままに戯れた。 幾年か経ち、子を成してからは、子を連れてその秘境へ足を運んだ。 「この子には、まだ早いわよ?」 木から取ってきた柿をどっさり腕に抱えた犬夜叉が、急にむずかり始めた赤ん坊の顔をおろおろと覗き込むので、かごめは目を細めて笑った。 「でも、腹が減ってるんじゃねえか?」 「まだ歯も生えてないんだもん。固いものは食べられないわ」 「そうか……。それにしても、赤ん坊ってのはずっと泣いてばかりだな。弥勒んところのガキ共を見てたから知ってはいたが」 かごめは胸元をはだけて、赤ん坊を抱き寄せた。むずかる声がぴたりとやんだ。犬夜叉の手が、壊れ物を扱うようにそっと小さな頭を撫でる。両親に見守られながら、赤ん坊は元気よく乳を飲んだ。 「飲みっぷりとげっぷだけは、一人前だな」 「次に来る時には、きっと柿も食べられるようになってるわよ」 額を合わせて、破顔する。山頂からの風に鮮やかな紅葉が点々と散った。 さらに数年後、たわわに実った柿の木の下でチャンバラ遊びに興じる親子の姿があった。 「くらえ、爆砕牙ー!」 頭の高いところで黒髪を束ねた少年が、木の枝を振りかぶりながら父に立ち向かう。応戦する犬夜叉も、柿の枝で見立てた「愛刀」を振り上げた。 「おれも父さんと伯父さんみたいに、自分の刀がほしいな」 物心つくと、息子は再三同じことをねだった。血は争えぬものである。柿を齧りながら、物欲しげに犬夜叉の腰に差してある鉄砕牙を見つめている。 「刀々斎のおじいさん、おれの刀を打ってくれないかなあ……」 犬夜叉はかごめに目配せした。実はもうあの刀鍛冶には、息子のための刀を一振り依頼してあるのだった。だがそれを渡すには、まだ時期尚早であった。 それでも息子の喜ぶ顔が見たいあまり、打ち明けたくてうずうずしている犬夜叉。かごめは苦笑しながら、まだだめよ、と内緒話のように口の動きで伝えてくる。 「さあ、二人とも。柿をたくさん持って帰って、干し柿にしましょうね」 かごめの背中におぶさる幼児が、小さな紅葉のような手で、兄にもらった柿を握りしめている。──その手も、数年後には兄と同じように、木の棒で見立てた刀を握り締めることになる。 十年、二十年、三十年──五十年。 村の人々は移ろい、来る者も多くあれば、去る者も多くあった。 唯一人の世で変わらぬ景色があるとすれば、それはこの裾野からの眺めかもしれない。 誰も踏み入ることのない、永遠の思い出の地。──故にここは、彼にとっての秘境なのだ。 実り豊かな柿の木の下に座り、犬夜叉は眠るように目を閉じる。 「──懐かしさというのは、明るくて、楽しい思い出を振り返る時に感じるのよ」 数え切れぬほどの秋が脳裏に蘇る。 ──あれはいつの秋だっただろう。 水面に浮かぶ紅葉を拾い上げながら、隣でかごめが笑っていた。 「今日という日を、いつか、きっと懐かしんでね」 犬夜叉はその声に、耳を澄ませる。 地面に落ちた紅葉を踏む鹿の足音。水辺から飛び立つ 秋も暮れだが、どこかでまだ 2018.10.19 |