鵠の鳥


「赤ん坊は、どこからくるの?」
 なごやかな夕餉の場は、水を打ったような静けさにつつまれた。
 幼い息子が、純粋な好奇心に満ち溢れた瞳で、左右の両親を交互にながめている。
「……」
 犬夜叉は、無言でかごめを見つめた。託したぞ、という意思表示である。仕方がないわね、とばかりにかごめは茶粥の椀を置いた。傍らの息子へにっこりと笑いかける。
「赤ちゃんはね、コウノトリさんが連れてきてくれるのよ」
「鵠の鳥が?」
「そう。赤ちゃんがほしいってお祈りすると、いつの間にかおうちに運ばれてくるの。不思議でしょう?」
 小さな頭を優しく撫でながら、それらしいことを言い聞かせる。──が、相手は母の答えに合点がいかないという顔をした。
「鵠の鳥が赤ん坊をはこぶところなんて、見たことないや」
「それはきっと、夜遅くにこっそり連れてくるからよ」
「ふうん。──じゃあ、夏にも赤ん坊が生まれるのはどうして?鵠の鳥は、冬にしか飛んでこないんでしょ?」
「えっ?えーと……どうしてかな?」
「それに、法師さまの家で赤ん坊が生まれたけど、あの子から鳥のにおいなんてしなかったよ。鳥がはこんでくるのに、どうして?」
 年端のゆかぬ子供ながら、なかなか鋭い。矛盾を指摘されたかごめは困ったように小首をかしげながら、視線で犬夜叉に助けを求めた。横目でちらちらと母子の様子をうかがっていた彼は、突然渡された襷に目をぱちぱちさせる。
「父上ぇ」
 胡坐をかいた犬夜叉の股のところに、息子がちょこんと陣取った。甘えたい盛りの年頃なのだろう、子犬がじゃれるように抱き着いてくる。
「なんだよ。甘えん坊」
「おれ、弟か、妹がほしいなぁ。法師さまのうちのにいちゃんみたいに。鵠の鳥にたのんだら、つれてきてくれるかなぁ……?」
 小さな欠伸をひとつして、父親の温もりが心地好いのか、うとうととまどろみはじめた。
 犬夜叉は、もうすっかり慣れたもので、息子の頭の上にあごを乗せ、寝つきがよくなるように背中をゆっくりとたたいてやる。揺り籠のようにしてやれば、たちまち規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……寝ちゃったね」
 愛しさ半分、安堵半分という面持ちで、かごめが寝顔を覗きこむ。
 その白い頬に、犬夜叉はそっと身をかがめ、唇を落とした。
「──な、なに?」
「いや。今夜は、おまえが言う”コウノトリ”とやらを呼んでみようかと」
 赤らむ頬を押さえてまごつくかごめ。
「何を言い出すかと思えば……」
「弟か妹がほしいんだとよ。──聞いてただろ?」
 かごめの顔に、犬夜叉の影が濃く差した。金の瞳が囲炉裏の埋火のように炯々と輝きだした。
 幼子の祈りが天に届く日は、近い。




2018.9.13



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