同じ空の下

*犬かご 最終回後

青々と若穂のなびく畦を歩きながら、ふいにかごめが田植え歌を口ずさみはじめた。
「青柳の、枝伐り下ろし、齊種ゆたね蒔き──」
 犬夜叉は雑草をむしる手を止め、青空に吸い込まれそうなその姿を眩しく見上げる。太陽は中天で燦然ときらめきを放っていた。陽射しの照りつける畦を行ったり来たりしながら、首筋に伝い落ちる汗をぬぐったかごめが、
「今日も暑いね」
 そう言って、くしゃりと笑いかけてくる。
 犬夜叉も手の甲で額をぬぐいながら、かごめの隣に立った。背丈ほどの高さのある畦から下を見おろせば、山の斜面を削ってもうけられた棚田が谷底までゆるやかに連なっている。いずれの水田も田植えを終えたばかりで、山腹から引かれた清らかな水を隅々まで湛えている。それらが幾枚もの巨大な鏡面となって、澄んだ青空を映し出していた。
「私、都会育ちだから、田植えなんてはじめてだった」
 彼の肩に頭をあずけて、息をつくかごめからはほのかに汗の匂いがした。
「お米をつくるって、こんなに大変なのね」
 大変だと言いながら、その声は幸福を噛み締めるかのように満ち足りている。山麓から吹き抜けてくる生ぬるい風にさえ、かごめは心地よさげに目を閉じた。
「ねえ犬夜叉。秋になったら、何が食べたい?」
「おれに聞くのか?」
「当たり前でしょ?おいしいものを食べさせたいって思うわよ。奥さんなんだもん」
 かごめは秋になれば収穫できるものをあれこれ並べ立てた。うんうん、と頷きながら聞く犬夜叉の表情は、このうえなく穏やかなものになる。他愛もないやりとりがこれほど心癒されるものなのだということを、彼は日々身をもって思い知るのだった。
 長いようで、瞬きの間のような、時の経過の中で。
「秋になるのが、楽しみだね」
 弾けるような彼女の笑顔に、あの時彼はどう応えただろうか。

「青柳の、枝伐り下ろし、齊種蒔き──」
 谷底から、早乙女たちの威勢のいい田植え歌が聞こえてくる。
 透き通るような青空の下、澄んだ水を湛えた棚田が見渡す限りどこまでも続いている。
「──ゆゆしき君に、恋ひわたるかも」
 彼のかたわらで、鈴を鳴らすような声が歌の続きを口ずさんだ。
 同じ節回しが、何度も、何度もくりかえされてきた。
 季節がめぐり、人が移り変わろうと、歌は口から口へと受け継がれ、水田は変わらず稲を育んでいく。
「大じじ様。だっこして」
 と、脚に縋り付いてせがまれた。
 彼はしゃがんで、目に入れても痛くないほど可愛がる幼子を、空高く抱き上げる。
「……おっ。うまいもの食って、また少し重くなったか?」
「たかーい!たかい!」
 幼子が手足をばたつかせてきゃっきゃっとはしゃいだ。それを見上げる金の双眸が、優しく細められた。




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(2018.05.17)

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