何を言われるかは予測できた。
壁にもたれながら、秋山は大儀そうに息をつく。
「──目が離せないだろ。危なっかしくて」
「へえ。意外と分かりやすいのね。アンタって」
振り返ったフクナガが、訳知り顔でにやついている。
「自分で気付いてる?アンタ、水族館に来てるのに、水槽よりもあの子のことばかり見てるって」
「……」
自覚などなかった、とわざわざ馬鹿正直に告白する必要性が感じられず、秋山は適当にはぐらかすことにした。
水槽のほのかな明かりが映えるよう、館内の照明は極力落とされている。深海に潜り込んだような群青の暗がりの中で、彼のもう一人の連れがかじりつくように水槽を眺めていた。広々とした水の中でゆったりと泳ぐマンタの動きを目で追っていた彼女が、不意に満面の笑みで振り返る。
「フクナガさん、あれ見てください!」
フクナガはちらりと秋山を見遣り、同情するように眉を下げた。まるで、呼ばれたのがお前じゃなくて残念だったな、とでも言いたげな眼差しである。
「どれどれ?──うわ。あの魚、ナオみたいじゃん」
「ちょっと、それどういう意味ですか?」
「だってほら、見てみなよ。どの魚よりも小さいし、動きがトロくて、まさにライアーゲームでオロオロしてるアンタって感じ」
「……フクナガさん、ひどい!」
「あはは」
仲の良い姉妹のようにじゃれ合う二人を傍観しながら、秋山はフクナガの言葉を脳裏で反芻する。
自分はそれほどカンザキナオを見ていただろうか。
無意識下の行動の意味を突き詰めようとするのは生産性がないことのように思えるが、一度気になりだすと、結論が出るまで納得できない性分である。
「ねえねえ、秋山さんも来てくださいよ」
思考の海に沈みかける秋山を、彼女の声が引き揚げた。早く早くと手招きされ、彼は仕方なく壁から背中を離す。
飲み物を買ってくると言って、フクナガが秋山だけに分かるように片目を瞑った。
余計な気を回されたことを承知しながら、彼女の隣に立つ。
「私、秋山さんは、あのマンタみたいだなって思うんです」
「マンタ?」
「はい。一匹だけ悠々と泳ぎまわってて、余裕があるように見えませんか?秋山さんも、いつもそんなカンジだなって」
短絡的な思考に同調するつもりはないが、そう思いながらも秋山の視線は彼女と同様、自然とガラス越しのマンタの姿を追っている。
「見ていて飽きないな」
意外そうに、隣の彼女が秋山を見上げた。
「秋山さん、水族館が好きなんですか?」
「いや、魚のことじゃなくて」
「……え?」
「何でもない」
要領を得ずに首をかしげる彼女とは対照的に、秋山は何やら納得したような表情で、水槽から離れた。
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(2018.05.17)