ステイ



 彼はしばらくの間、気配を殺してそこに佇んでいた。
 手にした薔薇の花束がしおれてくるのではないかと思われるほど、長いようでいて、ため息の間ほどあっというまにも感じられる時間、息をひそめてただひとりを見つめていた。
 夫婦の寝室である六畳間の畳の上で、微動だにせず横たわったままでいる、自分の妻を。
「……魂子さん?」
 静寂に耐えかねて、彼は妻の名を呼んだ。
 彼女はやはり、指先ひとつ動かそうとしない。
 夫の帰宅にとうに気が付いていることは明らかだった。彼がそこにいることを知りながら、意図的に、その存在を無視している。
「どこか、具合が悪いのですか?」
 反応は返ってこない。返事をすることすら、億劫だというのだろうか。
 花束を握り締める彼の瞳に、悲しみが満ちていく。
「──ぼくのことが、嫌いになってしまったのですか?」
 かたくなに閉ざされたままだった魂子の目蓋が、かすかに震えた。棺におさめられた死人のように、身じろぎひとつすることのなかった彼女が、ゆっくりと息をつく。
「あなたはいつまで、そういう他人行儀を続けるのかしら」
「……他人行儀?」
 視線が、彼の手にする花束に向けられた。理由を問われていると感じた彼は、小さな声でささやく。
「今日は、ぼくたちの結婚記念日ですから」
「……」
「そばに行っても、いいですか」
 他人行儀、と言われたことが気にかかっていた。赤い斜陽の差す寝室に足を踏み入れ、まだ仰向けのままでいる妻のそばに、腰を下ろす。
「お花なんかよりも、欲しいものがあるの」
「それは、何です?」
「”永遠”」
 木組みの天井を見上げたまま、彼女は問う。
「おかしいかしら?死神なのに、こんなことを言ったら」
「いや──」
 妻の白い手を握り締めながら、彼は首を横へ振った。
「きみはぼくの奥さんで、ぼくも、きみと同じ気持ちだから」
 魂子の口元に、ようやく穏やかな微笑みが浮かんだ。一方的に握るだけだった手が、そっと握り返される。
「知らなかったわ。”一年”が、こんなに早いなんて」
「次の一年は、もっと早いかもしれない」
「そうかしら?」
「魂子さん。──いや、魂子」
 自分たちには、五十年という永遠がある。
「覚悟しておいて。ぼくはもう、きみに何ひとつ遠慮したりしないから」
 






#ふぁぼした人の絵を勝手に小説にする
ツイッターより。
赤染蜻蛉さん(@echoagainsnow12)が描かれた、
こちらの素敵イラストに寄せて書かせていただきました。
蜻蛉さん、ありがとうございました。

2018.04.08

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