願掛け



 ハクの視線が、自然と下へ落ちた。
 千尋はおなかを守るように両腕でかかえている。不自然な膨らみ方をした水干の中で、何かがもぞもぞと動いている。事の次第を聞かせていた千尋がくすぐったそうに笑った。ハクはかがんで、水干越しのそれにそっと触れてみる。
「さ、そろそろ出ておいで」
 彼の呼びかけに反応したのか、白くてふさふさとしたものが、千尋の水干の合わせ目からひょっこりとその顔をのぞかせた。洗いたての小豆に似た目がハクを見上げ、くぅん、と甘えるような鳴き声をあげる。ハクが小さな頭を撫でてやると、喜びを示すかのようにその両耳が垂れた。
「女部屋はだめって言われたの。少しだけ、ハクの部屋であずかってもらえない?」
 千尋の頼みごとに、ハクは微笑んでうなずいた。ほっとしたように、千尋が子犬を抱き上げて頬をすりよせる。
「よかったね、コマ」
「コマって?」
「わたしがつけた名前。なんだか神社にいそうだったから」
「ああ、狛犬のこと?」
「うん」
 コマと名づけられた子犬は、嬉しそうに千尋の頬をぺろりと舐めた。
 子犬の首には赤と白のねじり縄が巻かれ、首を動かすたびに金色の鈴がちりんちりんと軽妙な音を鳴らす。千尋が寝転がって子犬とじゃれているのを、ハクは帳簿をつけながらほほえましく見守った。年始の書き入れ時につかの間のやすらぎの時間をもたらしてくれたこの小さな客人に、感謝の気持ちさえ芽生えていた。
「戌年の年始に子犬に懐かれるなんて、縁起がいいね。今年はいいことが起こるかもしれないよ」
「そうかな?」
「多分ね」
 千尋は子犬を抱いたまま起き上がると、机に向かっているハクの背後にまわった。呼ばれて振り返った彼の頬を、間髪入れず子犬が小さな舌でぺろっと舐める。
「ハクにもいいことがありますように」
 うん、とハクは目を細めてうなずいた。千尋の笑顔がとてもまぶしかった。



2018.01.03






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