雲の峰

 柘榴の花が弾け、夫婦で迎える最初の夏がやってきた。
 滝壺の近くで村の女衆たちとおしゃべりしながら、洗濯をするかごめの表情は明るい。
 三年ぶりの戦国暮らしにも、ようやく慣れてきたところだ。彼と過ごす一日一日が、生き生きと輝いていた。
「近頃また女っぷりが増したんじゃないですか、かごめ様」
 手拭いをあねさんかぶりにした村娘が、にやにやしながらかごめの肩を小突いてくる。あれほんと、今日は肌つやがまた一段といいみたいだわと、ほかの女たちもかごめの顔を覗き込んで口々に賛同した。
「だんなに可愛がられてるんだねえ」
「そうそう。なんたって半妖だもの、夜な夜なしつこいくらい可愛がってるに違いない」
「やだあ、おかみさんったら」
 かごめの頬が紅潮するのを横目に、赤子に乳をふくませていた珊瑚が苦笑した。
「ねえさん方、あんまりかごめちゃんをいじらないであげて」
 旅をしていた頃、かごめはまるで雲上人のように、徳の高い巫女として村人から崇められていたものだった。村に定住してからは、気兼ねなく接しているからだろう、彼女たちとの距離がぐっと縮まったような気がする。
 女たちの関心が珊瑚に移ったのをいいことに、かごめはこっそり洗濯物を桶に入れて、水場を離れた。
 物干し竿に洗濯物を干しながら、現代暮らしではなかなか見ることのできない景色をながめた。金色にさざめく稲穂の波。遠くに連なる深緑の山々。遮るもののない広大な青空には、天に届きそうなほど高く、雲の峰がそびえている。
 十八年の人生で、こんなに美しい夏を迎えたことはなかった。
「なに、たそがれてる」
 隣を見ると、相手との距離が近くてかごめの頬がまた熱くなる。女たちの言葉が思い出されて、いたたまれない。
 そんな事情など知る由もない犬夜叉が、ますます顔を近づけてくる。
「熱でもあんのか?顔が赤えぞ」
「だ、大丈夫よ」
「本当か?」
 ──幸せでちょっとのぼせちゃっただけ。
 川で今夜のおかずの魚を捕ってきたらしい彼の手のひらは、ひやりと心地よかった。ほてる頬を冷ましながら、かごめはそっと目を閉じた。




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