*ドラハー
「からかっているんでしょう?」
いいや、と少年は青い目を細めて笑う。
嘘つき。
彼女の踵が意図的に相手の爪先を踏もうとするが、心を読まれたのか、優雅なステップでさっと交わされてしまった。
「パートナーの足をわざと踏むなんて礼儀がなっていないな、グレンジャー。それともこれが、グリフィンドール流の作法なのかい?」
ハーマイオニーは、もううんざりという顔つきで溜息をついた。
「私流の、嫌味で鼻持ちならないパートナーに対する作法よ」
「へえ。それはどうも」
曲調が変わった。ドラコの手が腰に添えられ、ハーマイオニーはまたもつい眉間にしわを作ってしまう。なるべくくっつかないように心がけるものの、普段よりもずっと近寄らなければならないのは避けようのないことだった。
「いったいいつになったら終わるのかしら?」
「同感だな」
「……奇遇ね。意見が一致するなんて」
彼女のパートナーは、頭上の巨大なシャンデリアを見上げてつぶやいた。
「たまには、そんなこともあるだろうさ」
クリスマス休暇前のダンスパーティー。四寮の交流を深めるという名目で、なかば強制的に他寮の生徒と組まされることになった。よりによってこんな相手がパートナーとは、くじ運の悪さを心底呪いたくなる。
「何を見ているの?」
ドラコがまだシャンデリアを見ていて気もそぞろなのを、ハーマイオニーは訝しんだ。
「さっきあそこにピーブズがいた。何かいたずらをしたんじゃないかと思って……」
彼ははっと目を見開いた。
危ない、と声を上げて、ハーマイオニーを力いっぱい突き飛ばす。
彼女がよろけてしりもちをついた瞬間、ダンスホールのシャンデリアが天井でぐらりと大きく傾いだ。
「落ちるぞ!」
誰かが叫んだと同時に、派手な音を立ててシャンデリアが大理石の床の上に叩きつけられた。壇上の音楽がふつりと途絶え、辺りはまたたく間に喧騒に包まれる。
「マルフォイ!」
シャンデリアの破片から遠ざかろうとする生徒達の中、ハーマイオニーは血相を変えて立ち上がった。パートナーの姿が見当たらなかった。
「マルフォイ、どこなの!?」
シャンデリアの残骸に近づこうとする彼女の肩に誰かの手が触れた。驚て振り返れば、たった今、名を呼んだ相手が何食わぬ顔でそこにいる。
「咄嗟に姿くらまししたんだ」
ハーマイオニーは瞬きを忘れて相手の顔を見た。白い顔には、傷ひとつついていなかった。
「ピーブズのやつ、血みどろ男爵に言いつけてやる。今度こそ懲らしめてやらないと」
ぶつぶつ言いながら、天井をにらみつけている。
「……どうして助けたの?」
彼女は小さな声でつぶやいた。言葉にするつもりはなかったのだが、自然と口から出ていた。それを拾ったドラコが怪訝な顔をする。
「シャンデリアの下敷きになりたかったのか?」
「違うわよ」
「じゃあ、僕に感謝するんだな」
ふん、と鼻で息をするその横顔はいつもの高慢で横柄なお坊ちゃんそのものだ。緊張の糸が切れたハーマイオニーは、つい笑ってしまった。
「ええ、そうしておくわ。──ありがとう、マルフォイ」
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(2017.11.12)
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