たまさかの縁 ─生─




「私を連れて行くの?」
 彼は、片目をすがめて遠い夕日を眺めていた。
 その手が彼女の手首をつかんで離さない。まるで自分のものだとでもいうように。
 人離れした髪の色が、赤い夕焼けに溶け込んで見える。
 思えば彼が桜の目の前に現れるのは、いつもこの時間帯だった。
「向こうに連れて行くには、おまえの魂を奪わなければならない。生きた人間はあの世へ行けないから」
 いつも通り、死神の声は単調だ。あるがままの事実を、いっさいの感情を交えることなく告げるその口ぶり。
「──私を殺すつもり?」
「おまえのように物怖じしない人間でも、さすがに死ぬのは怖いのか」
「じゃあ、あなたは?怖くないの?」
「ああ。まったく」
 迷いのない答えだった。
「怖いことなんてない。おれの寿命は、腐るほど残っているから」
 ──そう、と桜は生返事をする。
「堕魔死神って、結構長生きなんだ」
「憎まれっ子世にはばかる、とでも言いたいのか?」
「……そんなこと言ってない」
「おまえの目がそう言ってる」
 彼に見つめられることが億劫だった。底の知れない瞳から逃れたかった。──何を考えているのか分からない。分からないからこそ、一度目を合わせてしまうとなかなか逸らせなくなる。
「『人の寿命を理不尽に奪っておいて、自分は長生きなんだ』」
 りんねの口角がかすかに持ち上がる。
 彼には本当に人の心を読む力があるのではないかと、時おり桜は危ぶんでいる。心に思うことを言い当てられるのは、こころよいものではない。
「真宮桜。おまえはおれが出会った人間の中で、誰よりも命知らずだな」
「……」
「おれが怖くないのか。こんなふうに──」
 手を強く引かれ、バランスを崩した足元がよろめいた。桜はどうにか踏みとどまろうとするが、不本意にも相手の胸に受け止められる格好になる。
「簡単におまえを封じられるのに」
 単なる言葉の脅しではなかった。本当に金縛りにあったように、桜は指一本動かせなくなっていた。
 猫を手懐けるような抱擁で、りんねは無防備な彼女を腕の中に閉じ込める。耳元に唇を近づけて、内緒話のようにひっそりとつぶやく。
「安心しろ。──おれはおまえの魂を狩ったりしない」
「……」
「壊したりしない。おまえは、おれのお気に入りだから」
 頬に彼の唇が触れたのを感じた瞬間、桜の身体は自由を取り戻していた。
 まるで、憑き物がとれたように──呪いが解けたように。




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