*ソン・ハク 未来 切なめ
「婚姻をしなさい」
玉座の女王ははるかな高みから、彼に命じた。
「そなたの地位を揺るぎないものとするためにも、ソン家は栄えねばなりません。ですからハク将軍、夫人を娶りなさい」
将軍は低頭したまま、無言を貫き通している。
やがて女王の凛とした声が、大広間に響き渡った。
「──これは王命である。ソン・ハク将軍は、しかと心得るように」
朱柱のそばにひかえる書記官が、謹んでその通達を記録した。
王命は、すなわちこの国における法そのものである。
俯く将軍が、唇をきつく噛んだ。
石造りの橋の上にたたずみ、蓮の浮かぶ池をじっと見下ろす女王の横顔は、花びらにまとわりつく雨露のような憂いを含んでいる。
背後にひかえる将軍の眼差しは切実だった。
「なぜ、あのようなことを命じられたのですか」
「──なぜ、その理由がわからないの?」
二つの問いかけが重なった。ヨナの瞳が非難がましくハクを見上げる。
「お前はこの高華国の重臣。そして高華軍の総指揮官であり、風の部族の長。私はお前を誰よりも信頼していながら、誰よりも遠ざけなくてはならない」
ハクは眉根を寄せる。
「……まだわかりません」
「わかろうとしていないだけよ」
ヨナの口元にどこか悲しげな微笑みが浮かぶ。
「宮中には、お前が王である私に道ならぬ想いを寄せていると、勘ぐる者たちがいる。お前が私の寵臣であることをよく思わない勢力にとって、それは恰好の醜聞よ。いつかきっと、あの者たちはそのことを持ち出して、お前を堂々と排斥しようとするでしょう」
女王は将軍に背を向けてつぶやいた。
──お前をずっとそばに置きたい、と。
「だから私は、お前に婚姻してもらわなければならないの。私がお前から離れるために、他国から婿を迎えたように──お前にも夫人を娶ってほしい。お前の子どもをたくさん産んでくれる、そんな夫人を」
ハクは両手で顔を覆う。
「俺をそばに置くために、俺から離れようとするなんて。陛下、あなたは……あんたは矛盾だらけだ」
わかってる、とその人は囁いた。
月を見上げながら、かすかに震える声で。
「すべては私の我儘よ。だからいつか、もしお前が私から離れたいと思う時がきたら……約束する。私は決して、お前を引き留めたりしない」
──俺も約束します。「その時」は、永遠に訪れることはないでしょう。
彼女の肩に触れかけた手が、行き場をなくして体の横に落ちた。
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(2017.08.12)
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