*荻野千尋 中学生
千尋の学年には、少し変わった男子がいた。
見た目には特に目立ったところはなく、普通に仲のいい友達もいる。ただ、古くからある神社を管理している家の息子で、普通の人の目には見えないものが見えるのだという噂だった。
中学三年になって、千尋は初めてその男子と同じクラスになった。
とりわけ会話をしたこともなかったが、夏休みの部活練習で偶然鉢合わせたとき、すれ違いざまに彼のほうから話しかけてきた。
「あのさ。荻野さんは、気付いてないのか?」
千尋は首からかけたタオルで汗を拭きながら、首を傾げた。
「何を?」
と聞くと、
「やっぱり」
と、訳知り顔で相手がうなずく。
「小学校のとき、荻野さんが転校してきてからずっと、俺には見えてたんだ」
「だから、何が?」
「──男の子が」
千尋は目をみはる。彼の視線はさっきからずっと、千尋の背後に釘付けだ。
「男の子って……誰?」
「わからない。嫌な感じはしないから、多分、悪霊ではないと思うけど。──あ、そうだ」
彼は手に持っていた夏祭りのうちわを、千尋に渡した。
「自分で見て確かめたらいいんじゃないか。もしかしたら、心当たりがあるかもしれないから」
「見るって、どうやって?」
「ちょっとこっちにきて」
水場の鏡の前まで千尋を連れてくると、彼はうちわを逆さにするよう促した。
「透き見って知ってる?こういう隙間から覗くと、普段は目に見えないものが見えることがあるんだ」
千尋は半信半疑ではあるものの、彼に言われるまま、逆さにしたうちわの骨の隙間に目を凝らした。
すると──
「え……?」
鏡の中に、おぼろげな白い人影が見えた。
千尋の背後に、それはひっそりと佇んでいる。
「誰?」
影は答えない。
その姿形も、千尋の目にははっきりとは見えない。
「よく、そうやって荻野さんを見守ってるんだ。荻野さんは気付いてないみたいだったけど……」
彼が隣でつぶやいた。
千尋はうちわをおろして、改めて鏡を見つめ直してみた。
蛇口から、水滴がぽたり、としたたり落ちる。
──白い影は、もう見えなかった。
ただ、すぐ後ろで聞こえたような気がした。
千尋──と、彼女の名を呼ぶ、どこか懐かしい声が。
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(2017.08.12)
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