陰に目あり
数ある死神道具の中で最も有益なものをひとつ選べと言われたら、自分はまちがいなく、この「黄泉の羽織」をあげるだろう。
「──あ、雪が降ってきた」
ちらほらと舞い落ちるものを受け止めるように、彼女がかじかむ手を差し出した。
冬の寒空は白くけぶっている。これから日が落ちれば、ますます冷え込んでくるだろう。
りんねは二人を包みこむ羽織の合わせ目を、いっそう掻き合わせた。
自然と、桜を背後からより強く抱き締める格好になる。
「背中があったかい」
ふふ、と桜が嬉しそうに笑う。りんねはふぬけた顔で、そうか、と頷いた。
「ホッカイロいらずだな」
「うん。──六道くん」
振り返った彼女が、りんねと向き合い、しもやけで少し赤らんだ彼の頬を両手でそっと包み込んだ。
「私の手、ちょっと冷たいかな?」
ゆっくりと、首を横に振る。
音もなくあたりに降り積もる雪。見慣れた景色が、まるで粉砂糖をふるったように、白く染め上げられていく。
こうしてただ見つめ合うだけで、凍てつくような外気さえ、顔のほてりを冷ましてくれる心地良いもののように感じられてくる。
誰にも見えないということは、素晴らしいことだ。
外に居ても、人の目を気にせず、思うままに彼女と恋人同士でいられる。
「依頼してきた霊【ひと】、まだ来ないね」
待ち合わせの時間を過ぎてしまったが、公園は無人のままだ。彼らの邪魔をするものはいない。
「待っていれば、そのうち来るだろう」
りんねは桜のかじかんだ手を握り締めて、彼女と体温を分かち合った。暇を持て余した桜は、二人の手と手の大きさを比べたりした。彼の手の大きさに感心している桜の頭に、りんねはそっと唇をおとした。
──彼はすっかり失念していた。
黄泉の羽織を着ている時には、人の目を気にせずともよいのだが、霊の目は気にするべきなのだということを。
ブランコの物陰に隠れて、気まずそうに二人を見ている霊がいることに、死神が気付くのはまだ先のことである。