似たもの兄弟

 どれほど不快な呼び名であろうと、顔を合わせるたびに呼ばれてみれば、嫌でも耳に慣れてくるものだ。
「お義兄さん!」
 家に帰っていく少女の背を村はずれで見送る彼に、今日もその人間の女は、馴れ馴れしくそう呼びかけてくる。
 惰性で振り返れば、巫女の姿をした義妹が満面の笑みで手を振ってきた。薬草籠を小脇にかかえて、小走りに殺生丸のもとへ駆けてくる。
「あっ。ちょっと、今、鬱陶しいって思ったでしょ」
 彼が顔を背けると、かごめはすかさず指摘した。
「おまえに用はない」
「もう、相変わらず愛想がないんだから。お義兄さんは」
 殺生丸は、やれやれとばかりに肩を竦めるかごめを一瞥した。
 少し前まで身重だった義妹は、双子を生んで腹が薄くなった途端、こうして活発に動きまわって過保護な弟をやきもきさせているという。
「おいかごめ、急に走るなっつっただろーが!」
 案の定、あせったように森の深緑から飛び出てくる、見慣れた緋衣。
「……げっ。殺生丸」
 かごめの側に兄の姿をみとめると、近づいてくるのを渋り、思い切り眉を顰めた。
「ここで何してやがる」
「犬夜叉ったら。そんなこと聞かなくてもわかってるくせに」
 ね?と、かごめが笑いながら彼を見上げてくる。どうやら思いやられているようだが、いらぬお節介だ。
 思えばこの女は初めて会った時にも、物怖じせず、啖呵を切ってきたものだった。
 弟の犬夜叉でさえ、かつてはこの兄を恐れていたというのに──。
「やっぱり兄弟よね、あんたたちって」
 いち早く反応したのは弟だった。気色ばんで、巫女に詰め寄る。
「どういう意味でい、それは」
「二人が『似たもの兄弟』ってこと」
「はあー?」
 犬夜叉は顎が外れんばかりに口をあけている。かごめが指先でその鼻をつつく。
「愛想がないわりに、心配性なところなんて、そっくり」
「あ、あんなやつと一緒にすんなっ!」
 威嚇するような眼差しを兄に向けてくる弟。殺生丸にとっては、子犬に睨まれたようなものだが。
「無駄話に付き合っている暇はない」
 彼の背後で、悪態をつく弟を義妹がなだめている。半妖と忌み嫌い、幾度となく死闘にまみえた相手であるが、今はもう、その喉笛に毒爪を立て、破壊の剣を振るうほどの憎悪を抱いてはいない。
 かと言って、馴れ合うつもりも毛頭ないが、どうやらあの義妹は違うらしい。
 その人馴れする気質が、どことなくあの少女に似ていると、彼は思う。
 既に遠ざかっていった背を、金の瞳がどこか名残惜し気に追いかけていく。
「お義兄さん、またきてね」
 ──殺生丸さま、またきてね。 
 投げかけられた言葉に、義兄の口元がわずかに緩んだことを、巫女は知らない。





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