"My Destiny is in your hands"



 読書が好きなのだという彼女は、今日もほのかに甘い香りをまとうハニーサックルの葉陰に座って、古い本を読んでいた。
 穏やかに降り注ぐ初夏の陽射しは、たちどころに草花を濡らす朝露を乾かしていく。
 漆喰の壁づたいに咲き群れる白い花の下で、白いワンピースを着たリリーの肩口からこぼれる燃えるような赤毛が、今日も少年の目にまぶしかった。
「セブルス」
 彼が来るのが待ちきれなかったというように、少女は屈託のない笑顔で身を乗り出してくる。
「……あなたは知っていた?花には、それぞれ、意味があるんですって」
 内緒話のように、耳に囁きかけられたセブルスの胸がつまる。
「いや──僕は知らなかったよ」
 物知りな友人の知らないことをひとつ、教えることができる自分が誇らしいのか、リリーはますます天使の笑みを深めた。
 ハニーサックルの花の香りと、少女の髪から漂う甘い匂い。
 幸せの香りとはこういうものなのだろうかと、少年は高鳴る胸をおさえながら自分に問う。
 うんざりするようなあのスピナーズ・エンドのすぐ近所にいるのに、彼女が傍にいるだけで、まるでまったく別の世界に飛んできたかのような感覚をおぼえていた。
「この本が教えてくれたの。どんな花にも、言葉があるということを。──とても素敵だと思わない?」
 リリーの唇からこぼれる言葉は、どれも詩のように心地よく、美しかった。
 表情の変化に乏しいセブルスの口元にも、自然と笑みが浮かぶ。
「君の好きな花は?どういう言葉をもっているの?」
 彼女は古びた本のページをめくり、はにかむように肩をすくめてから、彼に見せた。
「自分の名前の花が好きだなんて、おかしいかしら?」
「そんなこと、ないさ」
 ──僕も同じ花がいちばん好きだよ。
 さすがに面と向かって打ち明ける勇気はなかった。だから心の中でそっと囁くにとどめて、その花言葉をながめる。
『あなたといられて幸せ』
 まさに少年の心を代弁するかのような言葉だった。
「セブの好きな花は何?」
 横からリリーに顔を覗き込まれて、彼はうろたえる。正直に言うこともできず、渡された本をいったん閉じて、適当なページを開いてみた。
「僕の好きな花は、これ」
 リリーはそのあてずっぽうな選び方が気に入らなかったのか、一瞬むつけて眉をひそめた。が、セブルスが選んだカメリアのページに視線を落とすと、今度はにっこりと口角をもちあげた。
「直感で選んだ花がこれなら、セブ、あなたって実はとてもロマンチストなのかもしれないわ」
「ロマンチスト?僕が?」
 ほら、と彼女の細い指がカメリアの花言葉をたどる。
『私の運命はあなたのもの』
 けれど今の少年には、あてずっぽうに選んだ花のもつ意味などよりも、触れ合う肩の感触、速まる胸の鼓動、息が苦しくなる理由のほうがずっと気がかりだった。
「ひょっとするといつか、あなたは誰かに、自分の運命をかけた恋をするのかも──」
 だから、彼には知る由もなかった。その言葉を思い出すのは、それから長い時が経ち、陰りを帯びた少年が闇にとりつかれた大人になり、死神が、彼女という花を摘み取っていった後になるということを。




Lily (white) - "It's Heavenly to be with you"
Camellia - "My Destiny is in your hands"


17.06.12


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