*犬→かご+弥勒
犬夜叉はまんじりともせずに燃えさかる炎を見つめていた。
焚き火の側で寝ずの番をつとめるのは、男衆の役割である。四半刻ほど前まではそこに胡坐をかいてあれやこれやと話題に事欠かなかった弥勒も、迫る眠気には勝てずにぱたりとおとなしくなった。
唯一の話し相手をなくした犬夜叉は、いつものように、眠れぬ夜を物思いに費やしている。
四魂のかけらを集めるために始めたこの旅も、今や収束に向かいつつあることが肌身で感じ取れる。こうして旅の仲間が揃って野宿をすることも、もうなくなるのかもしれない。そうとなれば、いずれこの寝ずの番もお役御免となるだろう。
パチパチ、と間近で薪のはぜる音に、寝袋にくるまるかごめが身じろぎした。赤く照らされた寝顔が、かすかにゆがむ。彼女の眠りを妨げることのないように、という思いが彼の中で先走った。犬夜叉は火鼠の衣を脱ぎ、絶やさないように見守り続けていたはずの火を、あっけなく消してしまう。
何度か衣をはたいて、煙臭さがぬけきったことを確かめてから、眠るかごめの体にそっと掛けてやった。
ひそめられていた彼女の眉が、しだいに和らいでいく。
犬夜叉の表情も、安堵のそれに変わる。
かごめが穏やかな夜を過ごせるなら、こうして心地良さげな寝顔を見守っていられるのなら、夜通し独りで起きている甲斐もあるというものだ。
「いつまで──」
思わずこぼしかけた言葉を、犬夜叉はぐっと押しとどめた。
かごめとの間で、これまで決して触れてこなかったこと。
それは、いつか彼との旅を終えた時、かごめがどの道を選ぶのか──ということに他ならない。
面と向かって答えを聞くことを、犬夜叉は心のどこかで恐れている。
きっとかごめは、今、目先にある道を進むだけで精一杯だろう。
だが、かごめより幾分か長生きしている犬夜叉は、ついほんの少し先を見通してしまう。
こうして甲斐甲斐しく世話を焼くのも、かごめが井戸の向こうに帰ることにひどく神経質になるのも、つまるところは期待と不安の裏返しなのかもしれない。
かごめに選んでもらいたい。
ずっと自分の側に、手の届くところにいてほしい。
かごめには、遠い場所にかけがえのない故郷がある。
犬夜叉にはかごめだけだが、逆はこの限りではない。
「ん……」
寝返りを打つかごめの体から、火鼠の衣がすべり落ちた。無言のまま、犬夜叉は腕を伸ばしてそれを掛け直してやる。
誰からも望まれる存在を、独り占めしようとすることが、そもそも無謀なのだろうか。
赤子のようにすべらかなかごめの頬に、あらがいがたい思いに駆られて、触れようとしたその時。
「──起こしてしまうのではないか?」
心の臓が止まるかと思った。
振り返れば、眠っていたはずの弥勒が、片目を開けてほくそ笑んでいる。
「せっかく火を消したのに、おまえが触れては元の木阿弥だ」
「……うるせえ」
若き法師は、気まずそうに顔を反らす半妖の背中を、錫杖の先でちょんとつついてきた。
「だが、よくわかりますよ。おまえの気持ちは」
犬夜叉はもう振り返らなかった。
安易に触れてはいけない存在だというのなら、せめて少しでも長く、寝顔を見つめていたかった。
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(2017.02.02)
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