萩の声
真新しい着物を身に纏って、娘が手を振りながら薄野を駆けてくる。
以前訪ねてきた時、彼が手ずから贈った着物である。
あの娘は見るたびに背丈が伸びているようなので、気づけば何かしら見繕ってやる癖がついていた。
「殺生丸さま、どう?りんに似合うかな?」
りんはその場で、得意げにくるりと回ってみせる。
蝶のように花のように、可憐なその姿は目の保養だ。
何を着ていようともりんがりんであることに変わりはないが、丈の合わぬ不格好な着物を着せておくわけにはいかない。
「着心地はどうだ?」
「ぴったりだよ。いつもありがとう、殺生丸さま」
弾けるような笑顔に、心休まる思いがする。
この顔が見たくて、何度でもこの人里へ足を運んでしまうのだ。
「ねえねえ、殺生丸さま」
しばしの間、日々のよしなしごとを語り聞かせていたりんが、不意に彼の袖を引いた。
「この花、なんていうか知ってる?」
見ると薄野の片隅に、先日来た時にはなかった紫の花が群れ咲いている。
「この着物と同じ柄のお花なんだよ」
りんは嬉しそうに、着物の袖をあげてみせた。
彼は本来、花の名などに興味はない。
だが、その着物を見繕ったのは、まぎれもなく彼自身だ。
りんは、花がよく映える娘だから。
「──萩、と言うのだろう。その花は」
風が吹くたび、荻の葉がたてる葉擦れの音。
それはりんが内緒話をする時、彼にそっと耳打ちする声に、どこか似ていた。
(Thanks for your claps!)