色 | ナノ



「六道くんは、いつも黒ばかり着ているよね」
 桜は鏡台の中のりんねに向かって言った。りんねは彼女の髪を器用に編んでやっている。すっかり馴れた手つきだった。
「そうか?」
「そうだよ。箪笥の中身、見たことある?黒い服しかないじゃん」
「あー…そうだったか?」
 いつも洗濯物は桜が畳んで箪笥にしまってくれる。朝、服を箪笥から出してベッドに置いておいてくれるのも彼女だった。適当に買った服を着ているだけなので、色やデザインが被らないようにと箪笥の中身を確認することもない。
「言われてみれば、似たような服ばかり買っていたかもしれんな」
「そうだよ。いつも黒いシャツとかタートルネックばっかり。高校の時着てたジャージとあんまり変わらないね」
 いくら着飾ることに頓着がないといっても、さすがに中学の時のジャージはもう着ていない。あの時から随分と背が伸びたため、身の丈に合わなくなってしまった。それでも何となく、捨てるのはもったいないのでとっておいている。時々桜が箪笥の奥から引っ張り出してきて、部屋着がわりに着ているのを見かけると、りんねは何とも言えない不思議な気分になる。
「まあ…どうやら黒が定着してしまったようだな。黒ばかりで見飽きたのか?」
 手首に通していたゴムで、編み目が解けないように括ってやりながら、りんねはちらと鏡の中を一瞥した。片側だけ髪を結わえた桜が、人形のように座って、鏡越しに彼をじっと見つめている。
「見飽きたってわけではないかな。背高いしスタイルいいから、黒は似合うと思うよ」
「…それはどうも」
 思いがけない褒め言葉に、もう片方の髪を編んでやりながらりんねはボソリと呟いた。好きな人から外見を褒められて悪い気はしない。
「でも、たまには別の色も着てみたら?」
 鏡越しに微笑みかけながら、桜は提言した。りんねは鏡面に映る自分を見る。
 黒のシャツとパンツ。その上に黒いコートを着ている。祖母から譲り受けた黄泉の羽織を桜に譲渡したため、数年前に自分用に買った黄泉の衣服だった。羽織よりは使い勝手が良く、重宝している。
 別段意識しているわけでもないのに、なぜ黒ばかりを着てしまうんだろう。りんねは不思議に思いながら手元に視線を戻した。
「特にこだわりがあるってわけでもないが、黒が落ち着くというか」
「そっか。死神の色だもんね」
 何気無しに桜は言った。が、その言葉にりんねは引っかかりを覚えた。
「……死神の色?」
「うん。黒って典型的な死神の色、って感じじゃない?」
 人差し指を立てながら桜は問い掛ける。その感覚がわからず、りんねは小首をかしげた。
「どうかな。死神が皆、黒を着ているとは限らない」
「うーん、それもそうだけど…」
 桜は頭を後ろに反らせた。頭の天辺が、背後に立つりんねの腹に当たった。物といたげな彼の視線が落ちる。
「黒ってさ、何色にも染まらない色じゃない?」
 りんねは、何を言い出すんだ、と言いたげな目をした。
「染まらない色…?」
「そう。何色にも染まらないから、揺るぎない正義の色ってこと」
「正義の色、か」
「裁判官の服が黒いのも同じ理由なんだって。だから、不正な死を許さないって言った死神の六道くんには、あのジャージがぴったりだなって……思ったの」
 それ以来桜は口をつぐんだ。りんねもまた無言だった。二人とも胸の裡を探り合うように、互いの瞳を見つめ合った。けれど、どれほど顔を近づけて相手の瞳に目を凝らしても、そこには表情を殺した自分の面が映るばかりだった。
「……俺にとっては、」
 縫い止められたかのように視線を外さず、りんねは小声で言った。
「染まらない色というよりも……それ以上染まりようのない色、かな」
 そして、縫い目が綻びたような微笑を浮かべた。





end. 

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