マシュマロみたいに甘い恋がしてみたい。
 机に頬杖をついた親友が夢見心地にため息をこぼすのを、桜は横からまじまじと見つめていた。
「リカ、おまえ恋愛映画の見過ぎじゃないのか?」
 すかさず呆れ顔で茶々を入れてきた翼に、そんなことないもんとリカが頬を膨らます。
「私たち、花の女子高生だよ?恋のひとつもしないで高校生活終わっちゃったら、寂しくない?」
 同意を求められたミホと桜が顔を見合わせる。翼はひとりだけ、腕を組んでやけに得意げに胸を反らしている。
「まあ、青春真っ只中の俺には、おまえの気持ちは少しも理解してやれないがな」
「ひっどーい、十文字くんなんか桜ちゃんに振られちゃえ!」
「なんだとうっ」
 ガラッと音を立てて教室の扉が開く。赤い髪が覗いた。
「なにを揉めてるんだ?」
 じゃんけんに負けてゴミ捨てに行っていたりんねが、一足先に教室掃除を終えて雑談に興じている一同をちらりと見やる。
「揉めてるわけじゃないよ。恋バナだよ、恋バナ」
「ほう」
 軽い調子でリカが返せば、ゴミ箱を定位置に戻しながらりんねは顔を上げる。
「誰の?」
「別に誰のってわけじゃないけど。恋したいねーって話」
 翼がふんと笑って片眉を上げる。
「おまえだけがな、リカ」
 りんねは一同に加わるべく桜の隣に座った。リカと小競り合っている隙に桜とのあいだに割り込まれた形になり、翼がむっと眉をひそめる。
「六道。おまえわざとだろう」
「何が?」
「なんでこんな狭い場所に陣取る必要がある?」
「なんでって、ここしか空いてないだろう」
 様子を窺っていたリカがにやにや笑う。
「十文字くん、了見狭ーい」
「う、うるさいっ」
 やれやれ、といった表情で他三人は肩を竦めた。

 暖房器具の備わっていないクラブ棟は冷え込む。
 ダッフルコートとマフラーでしっかりと防寒したまま、桜は電源の入っていないこたつに脚を入れていた。
「ねえ、六道くん」
 差し入れの缶コーヒーで手を温めていたりんねが、ちらりと桜を見る。
「恋って、マシュマロみたいに甘いと思う?」
 桜の膝の上で黒猫が大きなあくびをした。柔らかな毛で覆われた体を丸めて、うつらうつらとまどろみだす。
「さあ」
 そう言って、りんねはコーヒーを、桜はココアを一口啜った。
 北風が時折、がたがたと古びたドアを揺する。その度に依頼人が来たのかと思い入口に目を向ける二人だが、扉の向こうに来客の気配はない。ガラス窓の外にはちらほらと小雪が舞っている。桜の膝で暖を取りながら、小さな黒猫が寝返りを打ち始める頃には、二人の飲み物はとうに空になっていた。
 瞼が重くなってきた桜は眠気に抗えずに目を閉じる。今日はいつ帰ろうかと思案していると、冷えていた背中が不意に人の温もりに包まれた。隣にいたはずの彼が背後に陣取っている。
「六道くん、湯たんぽみたい……」
 後ろから抱き締められると少しくすぐったくて、こそばゆさをごまかすように笑い上戸になる。りんねは桜の肩口から顔を覗かせて、自分の唇に人差し指を押し当てた。視線が桜の膝の上で眠る契約黒猫に落とされる。
 これは誰も見ていない間にだけ重ねられる、二人の秘密の時間。黒猫が起きたら、二人はまた近すぎず遠すぎない適度な距離を保って、その目をあざむくのだ。
 秘密の時間を過ごす時のりんねは、一言でいうなら「欲張り」だ。桜が甘やかすからなのかもしれないが、少しつけ上がったくらいがちょうどいいと思うくらい、桜も密かにこの時間を楽しんでいる。
「……苦い」
 重なっていた唇が離れると桜はほんの少し眉をひそめる。舌先に残る彼の苦みは甘党の桜にはあまり好ましくない。明日からコーヒーを差し入れに選ぶのはやめにしよう、と思う。ミルクティーか、ココアがいい。
 逆にりんねは桜の甘みが病みつきになったようで、いつもより濃厚に彼女の唇を味わっている。
 ──頭がぼうっとする。
 背後の彼にもたれかかりながら、桜は膝で丸まっている黒猫を優しく撫でた。もう少し眠ったままでいてくれるといい、と思う。



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16.12.11 「甘いりんさく」Requested by とりさん
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