triumph

  少女の透き通るように白い背中に、悪魔の両翼が生えている。
 ベッドの上では邪魔になるので、行為に及ぶ時には仕舞うようにと教えたものの、こうして営みに疲れて眠っている際にはつい無防備に曝け出してしまうようだ。
 悪魔はベッドサイドテーブルからグラスを取り上げ、赤々と揺れる、ワインとも血液ともとれぬ濃厚な飲み物を呷った。枕に顔を埋めてまどろむ少女の顎に長い指を絡め、上向かせて親指で微かに押し開けた唇に自分の唇を重ねる。
 歯列と歯列の間に割り入り舌を絡め取ると、少女の呼吸が乱れた。悪魔はいつものように水音を立てて思う存分味わい尽くし、満足すると少女の頬を優しく一撫でして離れていく。
「……美味しくない」
 少女の両目が薄っすらと開く。彼の舌に残る飲み物の味が余程気に入らなかったと見え、苦虫を噛んだように愛らしい顔をしかめた。
 悪魔は口角を持ち上げて意地悪く笑う。
「美味しくなくても、飲め」
 二の腕を掴んで上体を引っ張り起こし、もうひとつのグラスを突き付ける。少女は仕方がないといった態でグラスを手に取り、非難がましく魔狭人を見上げてくる。
「さっきも同じこと言ってた」
「そしておまえは、僕の言う通りにした」
 恍惚と優越感に浸りながら、悪魔は少女の耳へ甘い声で囁いた。
「これも飲み干してごらん。──さっき、僕のをそうしたみたいに」
 意地悪、と囁き返す少女の頬がほのかに色づき、両目が今にも泣き出しそうに潤んだ。透明のグラスに唇をつけ、嫌々ながら彼の意に従う。
「いい子だ。桜」
 飲み切れずに少女の唇の端から零れ落ちた赤い液体を、悪魔の舌が優しく舐め取った。

 少女の後継人となって、どれほどの時が経つのだろう。
 幼くして身寄りを失くした不幸な悪魔の子を引き取った。時に優しく、時に意地悪く、飴と鞭を交互に与えながらここまで育て上げた。子供の育て方を知らない彼なりに、愛情を注いだつもりだ。少女本人がそのいびつな愛情をどう捉えているかはともかくとして。
「桜、こっちにおいで」
 悪魔の少女にとって、唯一の拠り所が魔狭人だった。窓の外を見つめていた美しい少女は、彼の呼びかけに振り返り、従順に差し出された手を取る。
「……何?」
 長椅子の隣に座らせ、じっと横顔を見ていると桜が不安げに眉を顰めた。今度はどんな悪戯をされるのか、と気が気でないらしい。安心させるように、魔狭人はその手の甲に口づけて、にっこりと邪気のない笑みを浮かべる。
「僕がおまえの前世を知っていると言ったら、おまえは信じるかい?」
「──私の前世?」
 桜はしばらく魔狭人の目を見つめた後、睫毛を伏せた。
「信じない」
「なぜ?」
「あなたの言うことは、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか、全然わからないから」
 悪魔は心外だというように肩を竦めた。
「疑り深い子だな。僕は本当に、おまえの過去を知ってるっていうのに」
 少女の肩が小さく揺れる。彼の手が、黒のワンピースの裾をたくし上げてすっかり知り尽くした脚線を撫で上げていく。
「ちょうど今のおまえと同い年くらいの時に、前世のおまえと初めて会ったんだよ。──本当さ」
 くく、と悪魔は喉の奥で笑う。長椅子に押し倒された少女は彼の手に執拗に弄ばれながら、気丈にも目を逸らそうとしない。
「あなたは私に恨みがあったの?……だから、今でも私のことが嫌いなの?」
「さあね」
 悪魔は前戯を続けながら少女にキスをした。中身のない人形に魂を注ぎ込むような、濃厚な口づけを。

「おやすみ」
 長椅子に俯せになって泥のように眠る少女の背中を、悪魔の手がそっと撫でる。
 翼を仕舞えば前世と寸分たがわぬ姿のように見える。
 あの死神はきっとこの娘と来世までも添い遂げたかったのだろうが、そのささやかな願いは彼が握り潰してやった。
 寿命を迎えて輪廻の輪に乗った彼女を、地獄に生まれ変わらせた。地獄の帳簿を司る中枢部に入り込むことさえできれば、それくらい造作もない。目論見通り悪魔として転生した少女の両親を葬り去り、天涯孤独の身にしたのも彼だった。何も知らない少女は両親の仇に育てられ、一つ屋根の下で暮らし、彼とベッドさえ共にしてきたのだ。
 遠い昔彼の宿敵だった憎き死神が何に転生したのか、そんなことはもう魔狭人の知ったことではない。欲しかったものは手に入ったから、もうあの男に用はない。
「死んじゃったらもう僕の邪魔はできないね。──りんねくん」
 勝利に酔い痴れながら、悪魔は少女の白い背中に唇を這わせる。彼と同じ漆黒の翼が、隠されていたその姿を現しつつあった。


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