その夜
*不健全注意 りんねのみ


 喉がからからに渇いている。
 薬缶に溜めておいた水道水では到底満たされない。彼女がおいていってくれたココアでも、おそらく駄目だろう。
 もっと濃いものが、──欲しい。
 蝋燭の明かりの尽きた部屋で、少年はまんじりともせず暗闇を見上げている。
 黒猫の買ってきた薬は即効性のものではない。用量は一回一錠とあるが、一刻も早く治したいので、二錠飲んでみた。それでも体内にまわった虫の毒を早く克服するには、良質な睡眠が欠かせないことくらい百も承知。
 けれど、どうも先程から体内の血が騒いで寝付けないのである。
 虫の呪いが薬に抵抗を試みているのかもしれない。
 りんねは目を閉じて、心を落ち着けようとするが、脳裏に浮かぶのは彼の欲望をそそるあの少女の面影ばかり。
 ──あの一瞬、心の底から彼女の首筋に歯を立て、その血を啜ってみたいと思ってしまった。
 なぜ、桜の血でなくてはいけなかったのか。
 六文が薬剤師からもらってきたハンドブックには、吸血虫に刺された者にとって「好ましい血」が、必ずしも「意中の人の血」であるとは明記されていない。
 にもかかわらずりんねにとって、大勢いる生徒達の中で、ただひとり彼女の血の匂いだけが、我を失うほど強烈な欲望をもたらすのだった。
 ──りんねは、自分が今、異常な興奮状態にあることを認識している。
 呼吸をするごとに心拍が上がっていくのがわかる。十月も末の冷える夜だが、肌寒さを感じるどころか、こめかみにうっすらと汗がにじむほど体が火照っている。
 不可抗力だ。これはきっと。
 何もかも忌わしい虫の呪いのせいだ。
 普段なら、絶対にこんな失態をおかすことはない。
 ──彼女を思ってこんなことになるなんて、有り得ない。
 有り得ない、はずだ。
 空いているほうの手で、彼は自分の口をおさえる。傍で眠っている幼気【いたいけ】な黒猫を起こさないように、懸命に声を、息を押し殺す。
 いけないことをしているという背徳感。天使のような人を汚してしまう罪悪感に、こんなにも背中が甘く痺れるのは──
 これも吸血虫の呪いのせい、なのだろう。
 ──きっとそうに違いない。

『おくすりは用法用量を守って服飲しましょう』
 




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