かなう




 屋根瓦に胡座をかくと、ひやりとつめたい。
 尻が寒ければしだいに頭の先まで冷えてくる。良牙は冷静を保とうと意識しながら星のまばらな夜空を見上げた。
「Pちゃん?Pちゃん?へんね、どこに行っちゃったのかしら……」
 下から聞こえてくる、愛玩動物をさがすあかねの声に早くも彼の決意は揺らぎそうになる。
 最も動揺を気取られたくない相手が、いち早くそれを察したようだ。
「おい。呼んでるぜ、Pちゃん」
「誰がPちゃんだ」
「行かなくていいのか?」
 揺さぶりをかけてくる。
「行かん。ここで行けば男がすたる」
「やせ我慢すんなって。水ならあるぜ」
 ほれ、と指一本で支えていたバケツの水をひっかけてくる乱馬。すんでのところでかわした良牙は、こみあげる怒りをどうにかおさえこんだ。
「随分と余裕だな、乱馬。前は俺があかねさんのベッドにもぐりこむたびに、さんざん邪魔してきたのに」
「ブタと張り合ったってしょーがねえだろ。俺はふところが広いんだぜ」
 ふんぞり返ったかと思えば、急にまじめくさった顔になる乱馬。
「良牙。おまえ、二度とPちゃんとしてあかねの前に現れないつもりだろ」
「……だからどうした」
 一番嫌いなやつが一番よく自分の心を知っている。歯がゆいことだ。
「Pちゃんに会えなくなったら、あかねのやつ、きっと寂しがるぜ。びーびー泣いて、手に負えやしねえ」
「寂しくなんかならないだろ。許婚のきさまがいるんだから」
「あほ」
 拳骨で頭を殴られた。
「なに卑屈になってんだ。ペットはペットらしく愛想でもふりまいてやがれ」
「誰がペットだっ!」
「おっと、足が滑った」
 立ち上がった瞬間、足下をはでにすくわれた。良牙は屋根から落ちて庭の池に大きな水柱をたてる。
「あれ、Pちゃん?」
 縁側からあかねがおりてきて小さな体を抱き上げた。水に浸かってぶるぶる震える子ブタを胸に抱き、世にも恐ろしいことを口にする。
「可哀想に、すぐにお風呂にいれてあげるからね!」
「わー、まてまて!」
 屋根からおりた乱馬が縁側にあがってひきとめる。
「乱馬、あんたまたPちゃんをいじめたでしょ」
「ブタいびりなんざ何の特にもならねえだろ。それより、風呂だけは勘弁してやれよ」
「なんで?震えてるじゃない、お湯であたためてあげないと」
「ブタはお湯がきらいなんだと。ほれ、こうやってあっためてやればいいだろ」
 今は水に浸かったための寒気ではなく、湯に浸かる恐怖で震えている哀れな子ブタを、乱馬は清潔なタオルでつつみこんでやる。
「しばらくそのまま抱いててやれよ。そのほうがよっぽどいいだろうさ」
「……そう?なら、Pちゃんが落ち着くまでこのままでいようね」
 あかねは居間にもどり、テレビをつけた。乱馬も座りざま、机の上の煎餅に手をのばす。
 からくもお湯からは免れたようだ。
 赤ちゃんをあやすようにあかねが揺り動かすので、子ブタはしだいに安堵から心地よいまどろみに引き込まれていく。
「おめー、ほんっとにそのブタが大事なんだなあ」
「あたりまえじゃない。たまにしか会えないけど、Pちゃんはうちの大事な家族よ」
 目を閉じる前に良牙には乱馬の顔が見えた。あかねを見ている。笑っている。
 ーーPちゃんに会えなくなったら、あかねのやつ、きっと寂しがるぜ。びーびー泣いて、手に負えやしねえ。
 あかねがPちゃんを大事にするから、乱馬はあんなことを言ったのだ。
 あかねが悲しむのを見たくないから。
 彼自身、あかねのことが大事だからーー。
 良牙は思い知る。もともと敵う相手ではなかった。この恋が叶うことは、ないのだということを。
 本当は前々からわかっていたのかもしれない。気づかないふりをしていただけなのかもしれない。
「おやすみ、Pちゃん」
 目蓋にあかねのキスがおりてくる。好敵手は今どんな顔をしているだろう。今更親切をやいたことを悔やんでいるだろうか?
 つい笑ってしまいそうになるのを、子ブタは小さなくしゃみでごまかした。





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