懐かしい
何故私の後をついてくるのか、と彼は訊いたことがある。
まだあの娘と出会って間もない頃のことだ。
天生牙でその命を救ったことは単なる気まぐれ。恩を返したつもりも、売ったつもりもない。彼はただ、父の遺した形見を試したに過ぎないのだ。蘇った娘がその後どうしようと、気にも留めぬはずであった。
だが、よもや雛鳥のように後をついてくることになろうとは──予想だにしなかった。
放っておけば、いずれ人里という巣に帰っていくものとばかり思っていたのである。
「殺生丸さまといると、安心するんだもん」
口が利けるようになったことが嬉しいのか、あの頃のりんは小鳥がさえずるようによく喋った。従者は辟易としていて、彼自身もうるさいと指摘することこそあれど、そのさえずりに慣れるまでにはそう時間はかからなかった。
数年を経た今も、さほど変化は見られない。
幼かったあの頃のように、娘は彼の隣に座り、摘んだ花で輪飾りを編んでいる。
「りんね。どうして殺生丸さまのことがこんなに好きなのか、よく考えてみたの」
聞き流しているようでいて、殺生丸は余すことなくりんの言葉に耳を傾けている。
──殺生丸さまのことが好き。
それはとうに聞き慣れた言葉だが、りんが長じていくにつれ、彼の中で次第に重みを増していくようでもある。
そのことに、りんは気付いているだろうか。
「それでね、思ったんだ。──それは多分、殺生丸さまがね、あたしのにいちゃんたちみたいに優しいからだって」
──兄のように?
殺生丸の眉がわずかに動く。
「野盗に襲われるまで、あたしにはにいちゃんがいたんだよ。殺生丸さまみたいに強くもないし、綺麗でもなかったけど、すごく優しかったんだ。りん、末っ子だったから、にいちゃんたちにいっぱい甘えてた。今でも時々、殺生丸さまといると、にいちゃんたちのことを思い出すよ」
りんは出来上がった輪飾りを、殺生丸の頭に載せた。これも、兄たちとした遊びの一つなのだろう。
「りん」
花咲く笑顔に、彼は面と向かって告げる。
「私は、おまえの兄ではない」
「うん。わかってる」
わかっているのだろうか。
そうでなくば、困る。
「私はおまえの兄代わりになるつもりはない」
「うん。それでも、」
子供のように、無邪気に抱き着いてきた。
彼の身体はたちどころに、花のようなりんの匂いに包まれる。
「──大好き。殺生丸さま」
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2016.09.23