特訓の成果

 
 おぶされ、と親切心で言ったのに、彼女は何やら渋っている。
「私、大丈夫よ?あんたにおぶってもらわなくても」
「ああっ?」
「脚があるんだから、ちゃんと自分で走るわよ」
「おめーがちんたら走ってきやがるのを悠長に待ってたりしたら、日が暮れちまうだろうが」
 凄みをきかせてもかごめは動じない。この娘、彼を封印したあの忌々しい巫女の生まれ変わりだというが、この神経の太さを見るに、あながち嘘でもないのかもしれないと犬夜叉は思う。
 とにかくここで押し問答を続けていても、四魂のかけらは二人を待ってはくれない。
 苛立ち交じりに、犬夜叉はかごめの手首をつかんで背に担ぎ上げようとするが。
「痛いっ」
 かごめが手をおさえてうずくまる。まるで火にでも触れたかのような反応だ。大袈裟な嫌がりように、驚いた犬夜叉はつい後ずさってしまう。
「なっ、なんだよ、乱暴したわけじゃねーだろ!」
「もう、放っておいてよ!」
「なんだと!?」
 親切におぶってやると言っているのに、迷惑呼ばわりされては割に合わない。一体何が悪いというのか。犬夜叉はかごめの手首をつかんで、手の平を覗き込んだ。
「……なんだ、この手は?」
 かごめはばつのわるそうな顔をして、目を逸らす。
「見ての通りよ。マメができちゃったの」
「何をどうしたらこうなるんだ?」
「うるさいわね。私は『桔梗』みたいに器用じゃないのよ!」
 その名を引き合いに出すということは、どうやら、彼に隠れて弓の練習をしていたらしい。
 かごめは歯を食いしばり、目を合わせようとしない。
 指の付け根にできたマメは、つぶれて血がにじんでいるものもある。生活の苦労を何ひとつ知らないような手に、その刻印は痛ましかった。
「しっかし、ひでえな」
 この有様では、物に触れることさえ難儀しているに違いない。おぶされと言ったのを拒んだのは、彼の肩をつかんでいると痛むからだろう。
 泣き言をいわない気丈さは、あの巫女とよく似ている。
 だが、やはりこの娘は、桔梗とは別人だった。
 桔梗はこんなふうに癇癪を起こすことはなかったし、ばつが悪くて目を逸らすようなこともなかった。
 いつも何を考えているのかわからない、静かな眼差しで、彼の目をまっすぐに見ていたものだった。
「……犬夜叉?」
 かごめが顔を覗き込んでいる。
 穢れを知らない澄んだ瞳は清らかな湖のようで、今にも引きずり込まれそうだ。
 犬夜叉はひとつ溜息をつき、矢庭に、うずくまっているかごめの身体を抱き上げた。
「な、何するのよ!」
「うるせえな。こうすれば、手も痛まねえだろうが」
 尻の見えそうな腰巻をつけている小娘が、これしきのことで恥ずかしくて顔を赤らめるのか。おかしくて、犬夜叉はつい笑ってしまいそうになる。
 人間はよくわからない。
 だがこの娘のことは、もっとわからない。
「行くぞ、かごめ」
 かごめは居心地悪そうにしながらも、諦めてそのまま運ばれることを選んだようだった。
 さて、今度の敵もまた手強いだろうか。
 かごめの特訓の成果が楽しみだ。




2016.09.23



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