行き触れ  - Chapter 3 -



 此岸と彼岸のはざまをいびつに走る霊道は、もうすっかり通り慣れている道のはずだった。けれど隣にいるのがあの死神の少年ではないというだけで、随分とよそよそしく、そして長ったらしい道行きのように感じられた。
奇遇にも、隣にいる悪魔も似たような居心地の悪さを感じているらしかった。
「いつもより時間がかかる。人間を連れてるせいかもしれないな」
 魔狭人が小さく舌打ちしてぼやいた。ささやかな嫌味のつもりかもしれないが、心が狭いと自称する悪魔の言葉だけに桜はとくに気にしなかった。いちいち反応していては自分が疲れる。
 手を引かれて霊道を進みながら、彼女は唇を引きむすんで考え込んでいた。地獄で行き触れという災難に遭い、現世に戻ってくることができなくなったというクラスメート。そして、幼い頃から恨みを抱いているはずのりんねを救うために、わざわざ現世まで彼女を呼びに来た悪魔。
「何か企んでいるの?」
 桜の問いかけには躊躇がない。魔狭人は眉を顰めた。
「企む?なぜそう思う?」
「魔狭人くんが六道くんのために動いてくれるなんて、絶対おかしい。ちっぽけなことで六道くんを恨んで、今まで散々せこい嫌がらせをしてきたのに」
「──今ここで手を離して、どこか見知らぬ場所にでも置き去りにしてやろうか?」
 悪魔の真顔の脅しにも、桜は怯まなかった。
「六道くんが地獄で苦しんでいるのなら、魔狭人くんにとっては好都合のはずでしょ。なのに、どうして私を呼びに来てくれたりしたの。やっぱり何か裏があるんじゃない?」
「ああ、ごちゃごちゃうるさいお荷物だな!」
 うんざりといった様子で魔狭人は首を振った。あなたが連れてきたくせに、と突っ込みたくなるのを桜はこらえる。
「強いて言えば、興味があったからかな」
「興味?」
 ああ、と短く返して魔狭人は桜の顔をじっと見つめた。気まぐれな猫の目が放つような、気侭な眼差しだった。
「りんねくんの迷いと、その元凶にね」
 ──六道くんの迷い?
 思いがけない言葉を聞いて、桜は息をのむ。面白いものを見た、というように魔狭人がにやりと口角を上げた。
「お前の言う通りさ。別に僕は、りんねくんが地獄で悪霊に苦しめられているのをあのまま眺めているだけでもよかった。でも、りんねくんの頼みを黙って聞いて、ただ閉じ込めておいてやるだけじゃ面白くないじゃないか。だから、迷いの元凶であるお前を放り込んでやれば、何か面白いことになるんじゃないかって思って」
 魔狭人のひねくれた性根に嫌気を覚えながらも、桜には確認したいことがあった。
「六道くんの迷いって何?どうして私が関係してるの?」
 急くようにして訊いた。魔狭人が軽快な笑い声を上げる。
「気付いてないのか?りんねくんの迷いだって、十文字の奴のと同じじゃないか」
「翼くん?どうして翼くんが出てくるの」
 出掛けに翼から貰った菩提子の数珠を、桜は見下ろした。魔狭人はよく通る声でまた笑う。
「あいつ、お前に惚れてるんだろ?」
「──そう言ってくれてはいるけど」
「で、おまけにりんねくんも」
「え?」
「だから、りんねくんも」
 桜はあっけにとられて言葉を失う。猫撫で声で、もったいぶるように魔狭人は続けた。
「きみに惚れているのさ、りんねくんは。そしてその迷いにつけこまれて、地獄で行き触れに遭って、悪霊に憑依されたんだ」
「……」
「だからきみが、りんねくんの迷いの元凶ってわけ。……おい、聞いてる?」
 魔狭人は「おーい」と呼びかけながら、ぽかんとした表情の桜の目の前で手を振った。はたと我に返った桜は、苦笑しながら首を振る。
「何を言い出すかと思ったら、そんなでたらめ?」
「聞かなかったことにするんだ。ふーん」
 小馬鹿にしたような声が桜の癪にさわった。
「でたらめなんだから、聞き流すに決まってるじゃない」
「でたらめでたらめって、何を根拠にでたらめだって言うんだ?お前はりんねくんの心を読めるエスパーってわけでもないだろうに」
「そういう魔狭人くんこそ、何を根拠にそれがでたらめじゃないって言い切れるの。六道くんが魔狭人くんにそんな話をするなんて、思えない」
「悪霊に乗り移られた時のあのりんねくんの様子を見ていたら、誰だって気付くさ」
 どういうこと、と桜が問い詰めてきたが、魔狭人は情報をちらつかせるだけにとどめた。その方が面白味がありそうだからだ。いつもは冷静なこの人間の少女を掌で転がしてやることを、悪魔は心のどこかで楽しんでいた。
「しかしお前は本当にうるさいな。後でりんねくんに直接聞けばいいじゃないか」
「聞けるわけないよ、本人にそんなこと」
 呆れ返った声で桜は言いかえす。
刹那、二人の目の前で道が開けた。
 あの世とは独立した死後の世界。天を衝くかというほどの摩天楼がそびえている。生ぬるい風を頬に受けながら、桜は少し眉をひそめた。いつもりんねと行くあの世とは違って、ここは得体の知れない、なるべくだったら二度と訪れたくない場所だった。彼女の心境も知らずに、魔狭人がとってつけたように紳士然として告げた。
「地獄へようこそ。歓迎するよ、人間のお嬢さん」






To be continued


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