Boy next door

*沫悟+れんげ

 六道りんねという隣人にはほとほと頭を悩ませられる。
 ローンで買った家具は勝手に質入れされ、部屋は荒らされ、呪いのとばっちりは受けるわ、憧れの先輩から疑いをかけられるわ。隣人のせいでれんげがこうむった被害の数々は、枚挙にいとまがない。
 だから、死神一高の制服を着たその男子がため息交じりに吐いた言葉は、にわかには信じがたかった。
「ぼくはれんげくんが羨ましいよ」
 壁の向こうへ未練がましい視線を送る、招かれざる客。差し入れの缶ジュースがなければ、彼女とてりんねのように霊道に突き返しているところだ。
「りんねくんのお隣さんだなんてさ。いつでも彼のそばにいられるじゃないか」
「あのね。何が悲しくて、四六時中あいつのそばにいなくちゃならないのよ」
「だって、壁一枚へだてた向こう側に彼はいるんだよ?ぼくだったらきっと、居ても立ってもいられないな。昼夜を問わずにりんねくんの部屋に押しかけて、友情を深めるけどね。──ああ、羨ましいなあ」
 かみ合わない会話に、れんげはいい加減うんざりしている。いつからこうして沫悟のめめしい愚痴を聞かされるようになったのだろう。りんねの部屋を追い返されると、彼はそのままあの世へ帰るのは名残惜しいようで、きまって隣室のれんげのもとへ道草しにやってくる。近頃は手ぶらで訪問しても門前払いを食うとわかっていて、何かしら差し入れを持ってくるほどの用意周到ぶりだ。よほど離れがたいのだろう、りんねという友人は。
 そうまでしてあの隣人に入れ込む理由がれんげにはまったく理解できない。理解したくもない。
「そんなに羨ましいなら、代わってもらいたいくらいよ」
「そうなのかい?」
「当たり前じゃない。私だって、好きでこんなところに住んでるわけじゃないんだから」
 憧れの学生服。何不自由ない暮らし。前途洋々の未来。彼女がのどから手が出るほど欲しているものをすべて手にしながら、この男子はいったい何が不満だというのか。ため息が出てくるのはむしろれんげの方である。
「れんげくん。きみは死神一高を目指していたんだよね」
「それが何?」
「きみ、ぼくのことが羨ましい?」
 そんなことを認めるのは癪だ。
 沫悟は勝ち誇ったような顔をしている。──あるいは、彼女が卑屈になっているだけなのか。
「きみの先輩の架印とかいう記死神も、死神一高志望だったらしいね。頭は良かったみたいだけど、気の毒なことだ。一度エリートコースから外れてしまうと、キャリア官僚死神なんて夢物語になってしまうからね。れんげくん、きみは引き返す気はないの?」
 顔にありありと不快感をあらわにしていたらしい。れんげの表情を読んで、沫悟はあからさまに機嫌をとりだした。
「ぼくはもったいないと思うよ。きみは賢いのに、堕魔死神稼業なんかで人生を棒に振っている。今からでも死神一高に入れば、きっとすべてが元通りになるはずだ。再受験してみたら?親友のお隣さんのきみを、ぼくは心から応援するよ」
 強く手を握られ、れんげは眉根を寄せた。沫悟の言葉にはやけに熱がこもっている。胡散臭いことこのうえない。
「あんた、どういう魂胆?」
「いや。れんげくんがこの部屋から立ち退いてくれれば、ぼくがここを間借りできるかと思って」
 すがすがしい笑顔で小賢しいことを言う。なるほどそういうことね、とれんげは肩を竦めた。
「そんなことになったら六道のやつ、きっと夜逃げするわよ」
「ひどいな、れんげくん」
「ま、もしもあんたがこうやって缶ジュースのひとつもくれるんだったら、どうにかしてあいつを引き止めてやらないこともないけどね」
「へえ!缶ジュース一本で頼もしいお隣さんが釣れるとはね。心強いよ」
 隣人も随分と変わりものばかりに付きまとわれるものだ。
 れんげは笑う。
 もちろん同情してやるつもりなんて、さらさらない。


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(2016.05.18)

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