親の心子知らず

 ただいま、と台所に顔を出した娘が鼻をひくつかせた。
「いいにおい」
「今日はビーフシチューよ。今朝、パパが食べたいって言ってたから」
 母親の隣に並んだ桜は、ぐつぐつ煮える鍋の中身をのぞいて苦笑する。
「ねえママ。最近、やけに料理をたくさん作りすぎじゃない?」
「あら、そうかしら?桜とパパにたくさん食べさせたくて、ついはりきっちゃって」
「家族三人には多すぎるよ。おとといだって、唐揚げがあんなにあまっちゃったし」
「あれは、お肉の量をうっかり間違えちゃったの」
 換気扇のスイッチに手を伸ばしながら、母はころころと笑う。
「でも、いいじゃない?作りすぎたおかげで、六道くんにお裾分けもできたことだし」
「まあそうだけど」
「六道くん、喜んでくれてた?」
「土下座しそうな勢いで感謝されたよ。ママの料理、すごくおいしいってほめてた」
 レードルでビーフシチューをかき混ぜながら、ふふ、と桜が思い出し笑いする。
 年相応の、花開くような娘の笑顔を母は微笑ましく見守っている。
 桜は知らないだろう。ーー母がわざと料理を作りすぎていることを。
「明日、六道くんに差し入れしてあげてもいい?」
 期待をこめた愛娘のまなざしに、もちろんよ、と母は優しく頷き返してみせた。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -