雨垂枝垂


 しとしとと、枝垂れ桜に降りそそぐ春の雨。
 しとどにぬれた薄紅の花が、雨垂れを落とすたびに可憐な身をふるわせる。
「今日は寒いね。昨日、あんなに暖かかったのに」
 雨宿りに選んだ枝垂れ桜の下で、桜は黄泉の羽織を頭からかぶっている。
 雨よけに、と彼女に羽織をあたえた張本人は、帳のように頭の上から垂れ下がるたくさんの枝をそっとかき分けて、ねずみ色の空を見上げながら雨のやむ気配をうかがっている。
「『花冷え』だな。まだ花見も満足にしていないのに、散ってしまうのは残念だ」
「でも、寒くなると桜は長生きするんだって。持ちこたえてくれる木もあるよ、きっと」
 りんねが振り向きざま、かき分けた枝から手を離す。二人の姿は、幾重にも折り重なる花の帳に覆い隠された。
「真宮桜」
 彼の手が伸びて、桜のおさげについていた花びらを摘みとった。
「雨、冷たくないか?」
「大丈夫。六道くんこそ、羽織がなくて平気?」
「ああ」
 桜がじっと見ていることに気付き、りんねも目を逸らさずに彼女を見つめ返す。
 ーーどれくらいそうしていただろう。
 彼女は不意につま先立ちになり、その名を呼ぼうと開きかけた彼の下唇に、ほんの一瞬自分の唇を触れさせた。
 そして何事もなかったかのように、枝垂れ桜の帳を押し上げて、外の様子をうかがう。
「まだやみそうにないね。傘、持ってくればよかった」
「ーーすまない」
 見当はずれな答えに、桜は首を傾げた。
「なにが?」
 りんねはうつむきがちに、指先で下唇に触れる。
 雨がほろほろと桜の天蓋を通り抜けておちてくる。足元の水溜まりには、小さな波紋と一刷きの花びらが浮かんでいる。
「不謹慎かもしれんが」
 耳の先まで薄紅色に染めて、りんねはしばらくためらっていたが、やがて観念して打ち明けた。
「雨がやまなくても、いいと思ってしまった」
「どうして?」
「真宮桜とこうしていると楽しいから。ーーここでずっと、隠れているのも悪くない」
 羽織ごと、後ろから抱き締める。
 花の名を持つ最愛の少女。春そのもののように胸をくすぐる、死神の恋人を。
「六道くん、あったかい」
 散々まよってから、りんねは桜の頭の天辺に、気づかれないようにそっと唇を落としたーー。
 花冷えも、花時雨も、彼女と分かち合うかけがえのない季節の一部分。
 花曇りの空さえ、桜と見上げれば心晴れやかになる。






2016.04.07
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