花嫁御寮  14:再会



 大鎌をもった死神に、魂を狩られそうになる夢を見るーー。
 夢見の悪さが空恐ろしく、眠るに眠れない。そんな状態が数日続いたリカの彼氏には、すでに死相が表れ始めてさえいた。
「桜ちゃん、今日は一緒にいてもらえないかな?私も、彼がこんなに怖がってるのを見てたら、すごく心細くなっちゃって……」
 彼の恐怖が伝染したのだろう。目に涙を浮かべるリカの哀願を、桜はどうしても拒むことができなかった。
「私は何もしてあげられないよ。一晩付き添ってあげることくらいしかできないけど、それでもいい?」
「いいの。……桜ちゃんがいてくれるだけで、心強いから」
 怪異を告げても取り乱すことのない桜。肝の据わった第三者の存在が功を奏し、リカも彼氏も幾分か人心地がついたらしい。ほどなくして、ソファでぴったりと身を寄せ合ったまま、寝不足の恋人達はうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
 桜は寝室からブランケットをもってきて、二人にそっとかけてやった。
 寄り添う姿は微笑ましいのに、二人とも今にも泣き出しそうな寝顔をしている。見ていてなんとも気の毒でならない。彼女達の平穏な日常を脅かしている存在がどこかにあるという。だが力を持たない桜には太刀打ちできない。そのことがもどかしく、心苦しかった。
「優しい死神さんが、来てくれたらいいのに」
 この期に及んで、まだ助けを求めてしまう。悪の死神にその身を落としたという、彼。ともすると彼こそが、この可哀想な二人を苛む元凶かもしれないというのに。
 疑わなければと思うほど信じたくなる。忘れようとするほどかえって思い出してしまう。知らぬうちに、気が付けばその名を呼んでいた。
「ーー六道くん」
 その時、何かが割れる音がした。桜ははっと振り返った。今しがた閉めたはずの寝室のドアが開いている。その中に人影が消えたような気がした。
「誰かいるの……?」
 答える声はない。だが、確かに人の気配を感じる。寝室に誰かが隠れているのだ。さっきは誰もいなかったはずなのに。
 心臓が早鐘を打っている。オートロックの高級マンションに一体誰が侵入したというのか。強盗か、あるいはーー。
 震えそうな脚を叱咤して桜は立ち上がった。足音を忍ばせ、ゆっくりと寝室に近づいていく。侵入者の気配が濃くなるにつれ、やっぱり引き返したいという思いと、それでも確かめなくてはという使命感がせめぎ合う。リビングを振り返ると、リカと彼氏がソファの上でぐっすりと眠っている。桜はかすかに開いたドアに手をかけ、意を決して中を覗きこんだ。
 深い闇を目にしたのはほんの一瞬のことだった。
 次の瞬間には、桜は手首を掴まれ、強い力で闇の中へ引きずり込まれていた。


 名を呼ばれた。
 その声も、その後ろ姿も、間違いなく彼女のものだった。
 頭の中が尋常でないほど混乱している。
 だが今は、とにかく彼女共々隠れおおせなければならないーー。
「ーー静かに」
 寝室の暗がりでベッドに引き倒された彼女は、当然必死の抵抗を試みた。が、彼女もろとも毛布を引き被った彼が、切羽詰まった声でその耳元に囁くと、声の主が誰かを悟ったに違いない。瞬時にしてその身を固くした。
「すまない。しばらく、耐えてくれ」
「……」
「厄介な相手が来るんだ。……見つかったらまずい」
 強く拒まれるかもしれないと懸念したが、それでも彼は、毛布の中でなかば無理やり彼女を抱き寄せた。形振り構っている場合ではなかった。今からやってくる「来訪者」に、対象者以外の人間の気配を気取られぬようにするには、黄泉の羽織の中に彼女を閉じ込めてしまうしかない。
 彼の胸に耳を押し当てる格好で、息をひそめていた彼女が、蚊の鳴くような声を出す。
「リカちゃんと、彼氏さんが、リビングに」
「ーーわかってる」
 びくりと桜の肩が揺れる。まだ彼が彼だということを信じられずにいるのではないか。それは彼とて同じだった。数年ぶりに、桜と対面している。やむをえぬ事態とはいえ、彼女をこの胸に抱いているーー。
「二人が心配だよ。ーー六道くん」
 ああ、また名を呼んでもらえた。まるで夢を見ているようだ。
 不謹慎だとわかっていながら、暗がりにいることが心底悔やまれる。闇が深くて、せっかくこれほど側にいるのに、彼女の顔を見ることができない。
 うるさい心臓の鼓動を、気取られていなければいいのだが。
「助けないと、連れていかれちゃうかもしれないよ。どうしよう……」
 数年ぶりに耳にした桜の囁きは、りんねの胸を甘く疼かせた。死神としての使命感だけではない。彼女のためなら、どんなこともしてやりたいと思う。
「大丈夫だ。絶対に連れていかせはしない」
「ーー助けてくれるの?」
 すがるような眼差しが向けられているのを感じる。暗がりで見えるはずもないが、それでもりんねはその切なる思いに応え、力強く頷いてみせた。
「そのために、俺はここに来たんだ」

 


To be continued
 
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