肉まん
寒空の下で食べる肉まんは格別だ。
歩き食いは決して行儀のいいものではないが、今日ばかりはあかねも許婚の真似をしてしまっている。ちらほらと小雪の舞う用水路沿いの通学路は凍てつくようで、肉まんの温かさがなければとうに手が悴んでいただろう。
「あったかいもん食ったら、洟出てきた」
隣で乱馬がしきりに鼻を啜っている。あかねは空いている手をダッフルコートのポケットに入れて、今朝がたもらった、道端で配っていたティッシュを彼に渡した。
「乱馬の鼻、トナカイみたい」
「あ?」
「強くかみすぎなのよ。ふふっ」
まさにやんちゃな洟垂れボウズ。おかしくなって、肉まんを頬張りながらあかねは笑った。からかわれたと思った乱馬は躍起になって、手の甲で鼻を擦る。
「ますます赤くなってるわよ?」
「うるせー。あんまり笑ってっと、かみついちまうぞ!」
かぶりつく仕草で脅してくる乱馬。怖くもなんともない。まだ食べ足りないわけ?とあかねはあきれ顔になる。
「あとはおとうさん達の分だからね。つまみ食いしちゃだめよ?」
「ぶわーか。俺がねらってんのは肉まんじゃねえよ」
「は?」
にやりと不敵な笑い方をする彼を不信に思う間もなく、人一人分あいていた距離がぐっと縮まった。心臓が跳ねあがり、あかねは無意識のうちに唇を真一文字に引き結ぶ。
乱馬の指が彼女の顎にかかる。
「おめーは隙だらけなんだよなあ……」
言い返す余地はなかった。息を止めたのもつかの間、あかねは小さな悲鳴をあげた。顔が近づいてきたと思ったら、頬にかみつかれたのだ。歯型がつくほど強くかぶりつかれたわけではないが、確かに歯の感触を感じた。
「なっ、なにすんのよ馬鹿!」
「そーれ見ろ、あかねの顔も真っ赤っかー!」
ぶわははは、と豪快な笑い声をあげながらあかねの鞄攻撃をかわす乱馬。無駄に動きが素早くて憎たらしいことこのうえない。
「あかねのほっぺ、肉まんみてーに白くてふかふかなのな!」
「失礼ね、誰が肉まんよっ!」
フェンスにひらりと飛び乗って、高みからにやつく乱馬。鞄が届かず、あかねは悔しまぎれに地団駄を踏む。
「まあまあ、そう怒んなって」
「だいっきらい!」
「うん?聞こえねえなー」
あかねは溜息をひとつこぼして歩き出す。フェンスから着地した乱馬があとをついていく。
「あかね」
むつけて無視していると、ポケットに入れていた手をすくい取られた。指を絡めて強く握り締めてくる。
何をしたって、彼は悪びれもないし、あやまったりもしない。こうしてごく自然にあかねの隣を陣取って、手を握って。子どものようににっこりと笑うだけで、喧嘩なんてなかったことにしてしまう。
「帰ろうぜ、あかね」
すがすがしい笑顔に罪はない。憎たらしくはあるけれど。意地を張るのがばかばかしくなって、あかねはその武骨な手を強く握り返してやった。