独り言


 仕事帰りに道端で鉢合わせした彼女は、今日も重たそうな買い物袋を手に提げて、目を輝かせていた。
「もし会えなかったら、おすそ分けしに行こうと思ってたんです。でも、今日もタイミングばっちりでしたね」
 約束しなくても会える距離にいる。
 当たり前のように神崎直と過ごす日常が、もうすっかり身に染み付いている。
「秋山さん、近頃はよく私の部屋にあがってくれますよね?誰かとうちでごはん食べるのって、すごく久しぶりで。作りがいもありますし、嬉しいです」
 言われてみればそうだ。入り浸っている、と言っても過言ではない。
 前は一線を画していたはずだった。今ではもう、何の抵抗も感じることなく彼女の部屋を訪ねている。
 トーナメントが終焉を迎えて、自分の中で一区切りがついたということなのかもしれない。
 秋山は内省をこころみる。
「お前の作る料理はうまい。ーーそれにこの部屋は、居心地がいい」
 皿に伸びた直の箸が止まる。物珍しそうに秋山の顔を見てくる。
「らしくない、と思ってるだろ」
「ちょっとだけ。でも、すごく、嬉しいです」
 空になった秋山のグラスに麦茶をそそぎながら、彼女はこのうえなく幸せそうな顔をして笑った。
「秋山さん。ここが秋山さんのもうひとつの家だと思って、遠慮なくくつろいでくださいね?」

 いつかきっと、この子と家族になるだろうなと思った。
 それが単なる願望なのか、自惚れなのか、はたまた先見の明かはわからない。
 ただ、彼の直感がそう告げていた。
 彼はおそらくこの子を離さないだろう。そういう予感がしていた。関係を築いていくうえでどれほど思い悩んだとしても。あるいは前科者の負い目から、距離を置こうとしたとしても。
 所詮無駄なあがきでしかない。離れることなどできはしない。最後にはきっと、その手を握り締めて、もう二度と見失うことがないように、頑なに離そうとしないだろう。
 手離すにはもう遅い。潔くそうするには、あまりにもその手の温もりを知りすぎてしまった。
「秋山さん、おかわり要ります?たくさん作ったので、いっぱい食べていってくださいね」
 秋山は直の頭にぽん、と手を載せた。
「早く大人になってくれよ」
「はい?」
「いや。単なる独り言」
 もし君がもう少しだけ大人になって、それでもまだこういう男に世話を焼いてくれるような、馬鹿正直で心優しい物好きのままでいてくれるのなら。
 その時には、らしくないことのあと一つや二つ言ってみて、君を、本気で勝ち取りにいくことにするよ。






2016.01.12
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