「ねえ、魂子。きみはぼくのどこが好き?」
 規則正しい包丁の音がやみ、割烹着姿の魂子が彼に顔だけで振り返った。浮かべた笑顔がまぶしい。何度見ても、見とれてしまうほど美しい立ち居姿だ。
 今日で二人の夫婦生活は数えて七日目。まだまだ新米夫婦である。何もかも手探りで進めることばかりだが、愛しい人と過ごす日々は薔薇色に輝いている。
 彗星のように、突如として彼の人生に飛び込んできた女死神。彼女の来訪によって、彼の運命は大きく変わった。
 魂子は彼の寿命を延ばしたというが、むしろ彼は、輪廻の輪に乗ってまったく別の人間に生まれ変わったような気さえしている。こんなにも人生が美しく思えたことは、いままで一度たりともなかったからだ。
 向こう五十年、新婚気分は抜けそうにない。
「あなた、どうなさったの?そんなことを聞くなんて」
「奥さんが自分のどんなところに惹かれているのか、気にしない男はいないよ」
「ふうん。そういうものかしら」
 彼女は買ってきたばかりの魚を捌いているようだ。後ろから見ていても、手際の良さがわかる。死神の仕事もきっと如才ないのだろう。
「──あのね。私は、あなたに一目惚れだったから」
 もう一度、魂子が振り返る。絹の糸に似た髪を揺らして、はにかむように笑った。
「あなたの顔がとても好きよ。あなたは、私好みの美男子。見ていると胸が高鳴るの。死神界にも、あなたほどきれいな男はいないわ」
「ふうん。ぼくの顔、ね……」
 容姿を誉められることは、決して嫌ではない。嫌ではないが、なにやら心の中がもやもやする。もっと自分のことを知ってほしい。顔だけじゃなく、中身まで見てもらいたい。
 当たり前のように彼女が側にいてくれるので、どうやら欲が出てきたらしい。
「きみはぼくに聞かないの?」
「私のどこが好きなのか、って?」
「知りたくはない?」
「あなたも、私に一目惚れしたのではないの?」
 くすくす、と彼は笑う。魂子が目の届くところにいるだけで、自然と笑顔になるようだ。
「そうだね。きみに出会った時、ぼくは一目で、きみの魂がどれほど美しいかを思い知ったよ」
 魂の美しさ。
 魂子という人は、その根源からして美しい。
「ずるいわ。そんな言い方、私の告白がかすんでしまうじゃない」
「……魂子?」
 呼びかけを無視して、夕飯の支度を再開する彼女。耳がかすかに赤らんでいるように見えた。
 照れてるところも、可愛いなあ──。
 台所から味噌汁のいい匂いがする。ごはんもそろそろ炊ける頃だろう。二人で食卓を囲むのは今日がまだ七回目。食べる前からすでに満たされた気分でいる。
 飽きもせず背中を眺めていると、魂子がちらりと彼を振り返った。目が合うと、彼がこのうえなく幸せそうな笑顔を浮かべるので、写し鏡のように彼女の顔もほころぶのだった。
「今日のごはんは、何かな?」
「……あなたの好きな、鯖の味噌煮ですよ」



2016.01.10

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