Out of reach
Out of reach



 霊道というものは、あたかも意思を持つかのように気まぐれだ。
 通行人は時として、目的地とはまるっきり違う場所へはじき出されてしまうこともある。そのためこの道を通るには、往来に馴れている死神や黒猫の先導がなくてはならない。
 けれどこの霊道の「気まぐれ」を、逆に都合よく利用しようとする不届きな死神も、中にはいるのだった。

 目を閉じたままでいると冷たいものが目蓋に触れた。指先で確かめてみるとそれは雪ではなく、凍った花びらのようだった。
 頭上には満開の桜の木。雪とともに淡い花びらがしんしんと降りそそいでいる。半身を起こしてあたりを見渡すとどこまでも雪に覆われていて際限がない。けれどこの銀世界は、不思議と寒くはない。むしろここの空気は春の暖かささえ感じさせるようだった。
「この場所では、冬に桜が咲くらしいな」
 死神の少年がおもしろい、というように目を細める。両手を差し出して凍った花びらを受け止めてみる。その傍らで起きあがった少女が真似をした。花びらは冷たいが、陽気のおかげで身震いはしなかった。
「冬に桜が咲いてるんじゃなくて、春に雪が降ってるのかもしれないよ」
「どっちでもいいさ。──とにかく、ここまでは誰も来れやしないだろう」
 二人顔を見合わせる。今しがた大仕事をやり遂げた共犯者のように、同時に口角をもちあげた。
 どういうわけか二人にはお邪魔虫が多い。ようやく心を通わせたというのに、現世にもあの世にも二人の道を阻もうとする存在がいる。
 どうにかして二人きりになれる場所を探しているうちに、りんねが妙案に思い至った。霊道を利用するというものだ。霊道は多くの空間につながっていて、決して一本道などではないという。りんねや桜が暮らし、霊道を介して行き来するあの世とこの世という場所は、そのたくさんある世界のうちのほんの一部に過ぎない。
 霊道は気まぐれで、通行人の通り方次第によっては、いつもとほんの少し違う道へ「寄り道」することはそうむずかしいことではない。ふつう、死神は霊道で迷わないように行き先をしっかりと頭に思い描くものだが、もしりんねがどこかへ寄り道したいと望むならば、行き先を指定しなければいい。霊道が適当な場所へはじき出してくれる。
 あの世もこの世も望まない。たったそれだけのことで、まだ誰も足を踏み入れたことのない霊界へ、桜を連れて行くことができる。
 これを人は、神隠し、と呼ぶのかもしれない。
「ここ、私達二人だけの国みたいだね。私と六道くんのほかには誰もいないみたい」
 指と指をからめて凍った花びらごと強く握り締める。りんねは桜の唇を求めて、貪欲に身を乗り出した。あの世でもこの世でもなかなかできないこと。誰も見ていないのだから、ここでは何をしていても自由だ。
「もしもここから帰れなくなってしまったら、──六道くん、どうする?」
 唇を離した時、悩ましい溜息にからめて桜がきいてきた。
 雪がひらひらと音もたてずに積もっていく。花びらを摘むように、一枚ずつ彼女の着ているものを脱がせていく。シャツの隙間からのぞく白い胸元にはまだおとといの痕が残っていて、痛くなかっただろうかと案じる反面、りんねはひそかに愉悦にひたる。
 この銀世界が誰の目にも触れられないように、愛する人に残したこのしるしも、ただ一人彼だけが見いだせるもの。
 誰にも見せてやるものか。
「もしもここから帰れなくなったとしたら?──その時にはきっと、お前をいつまでも独り占めできると、笑って喜ぶだろうさ」


2015.12.29
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