新年 三が日も過ぎたころ、親戚と集まって年末年始を過ごした祖母の家から三界町に帰宅した桜は、田舎から持ち帰ったみやげを届けにクラブ棟のクラスメートを訪ねた。 「あけましておめでとう、六道くん」 りんねは思いがけない桜の来訪と差し入れに、喜びを隠そうともしない。 「新年そうそう、気を遣わせてすまん。あとでありがたくいただくことにしよう」 「六道くんの年末年始はどうだった?」 電気のはいっていないコタツに脚を入れて桜がたずねる。寒いらしく、りんねはコタツの布団を肩まで引き上げた。 「とくに変わり映えはしなかったな。いつも通り仕事をしていて、気づいたら除夜の鐘がきこえて、年が明けていた」 「そっか。私も今年は年明けまで起きてたんだ。おばあちゃんの家で除夜の鐘をききながら、六道くんは今頃どうしてるかなと思ってたんだよ」 田舎から持ち帰ったみかんを剥きながら桜が何気なく言う。りんねも差し入れにもらったぶんをひとつ失敬したが、皮を剥こうとした手がとまった。 「俺のことを心配してくれたのか」 「もちろん心配するよ。六道くん、いつも死神の仕事で忙しいから。大晦日とお正月くらいは、あたたかい部屋でおいしいもの食べて、ゆっくりできてたらいいなって思ったんだけど。やっぱり忙しかったんだね?」 ──ご苦労さま。 そのたった一言が嬉しくて。にやけてしまいそうで、りんねはコタツ布団に顔を押しつけた。 桜のねぎらいが疲れた身体に、心に染み入る。どれだけ難儀しても、彼女にその一言をかけてもらえるだけですべて吹き飛び、癒されるような気がした。 差し入れをさかなにつまみつつ、桜の親戚の話などをきいていると、黒猫仲間との新年会にいっていた六文がたくさんのツナ缶を手みやげに帰宅した。二人と新たに加わった一匹は話題に事欠かず、コタツを囲んでおしゃべりに興じた。 そこに魂子まで加わることになったのは、かわいい孫にお年玉を渡しにやってきたからだった。手ずから受け取ったりんねの感激ぶりは相当なもので、 「おばあちゃん、どうかいつまでも元気で長生きしてくれ!」 うっかり口にした禁句さえも、祖母が「しょうがないわねえ」と笑って見逃してくれるほどだった。 コタツの電源もはいらないような寒い部屋に「未来の孫嫁」を置いていくのはしのびないと魂子が言うので、しどろもどろになるりんねだったが、かたや天然な桜は深く考えずに魂子宅へお邪魔する運びとなった。 魂子はどうやら最初からりんね達を招くつもりでいたらしい。机の上には新年のごちそうが用意されていた。そして招かれもしないのに、一足先にその味を堪能している先客が若干一名。 「鯖人、おまえどうやってうちに入ったの?」 あきれ顔の魂子に、にこにこしながらおべっかをつかう鯖人。 「おかあさま、ぼくは久しぶりにおかあさまのお料理を食べましたよ。相変わらずおいしいなあ、やっぱりおふくろの味はいいですね。──ああ、あけましておめでとう、りんねに桜ちゃん。さ、きみたちもはやく座って食べなさい」 「先に言っておくけど、おまえのような不肖の息子に渡すお年玉は一文とてないわよ?」 情け容赦なくくぎを刺され、鯖人は眉を八の字に下げた。 「それはあんまりだ。ぼくは知っていますよ、りんねにはちゃんと渡したんでしょう?」 「いったいいくつになって親から金をせびろうとしているんだ?おやじ」 わが父ながら情けなく、りんねは溜息がこぼれてくる。だが鯖人は悪びれもない。 「いくつになっても親は親、子は子なんだぞ、りんね。さ、昔のようにパパがおまえのお年玉をあずかってあげよう」 「どさくさにまぎれて息子のお年玉をネコババする気か!」 懐をまさぐられてりんねは殺気立つ。たまらず魂子が割り入った。 「ちょっとちょっと、親子喧嘩はほどほどにしてちょうだいよ。今日は桜ちゃんがいるんだから」 「わかりましたよ、おかあさま」 鯖人はにっこりと笑い、あっさり息子のお年玉をあきらめて、桜の隣にすり寄った。 「じゃあ、未来の息子のお嫁さんに一酌願おうかな?」 「おやじっ!」 またまた年長者の手のひらでころがされるりんね。幸か不幸か、桜はすこし肩をすくめただけで深く追及せず、おとなしく鯖人の差し出した枡に酒をそそいだ。ひとくちすすると、桜にも同じ枡で飲むよう勧めてきたが、こめかみに青筋を浮かべたりんねが鎌を手にする前に、未成年ですからと彼女がきっぱり断った。 「まじめだね、きみもりんねも。ぼくが酒の味を知ったのはいつだったかな?」 鯖人の頬はうっすらと上気している。りんねはいつまた父親がとんでもないことを言い出すやら知れず、気が気でない。 すると、酔いが回ってきたらしい鯖人がやにわに桜の肩を抱いて、母親共々、またもりんねの頭を悩ませるようなことを口にした。 「いやあ、近い将来、六道家もにぎやかになりそうですね、おかあさま」 「そうねえ。曾孫は何人見られるかしら?今からとっても楽しみだわ」 「桜ちゃん、隔世遺伝って知ってるかい?おじいちゃんやおばあちゃんに似た子が生まれてくるんだって。もし孫の顔を見せてくれるなら、ぼくにそっくりなかわいい孫を産んでね、桜ちゃん」 「おまえに似たら、かわいい曾孫がしょうもないロクデナシに育ってしまうじゃないの」 ころころと笑う魂子。そのかたわらで、りんねはめまいをどうにかこらえ、穴があったら入りたいという顔をしている。 「おとうさん、お酒の飲み過ぎは身体に毒ですよ?お水、もってきましょうか」 桜は酔っぱらいのたわごとと受け流すことにしたらしい。立ち上がろうとするが、膝に鯖人の頭が乗せられて身動きがとれなくなった。 「ああ、目が回ってきた……。桜ちゃん、少しだけこのままでいてもいい?きみの膝ってすごく気持ちいいね」 りんねの背後でなにやらめらめらと炎が燃えているが、桜はそれを「他人に迷惑をかけるな」という、生真面目なりんねらしい警告だろう、と解釈した。 「私なら大丈夫だよ、気にしないで、六道くん」 「いや、しかし」 気にしないどころか気になって気になってしかたがなく、いますぐにでも父親の頭を桜の膝枕から蹴り落としてやりたいのだが。 「おとうさん、本当はこうして家族でお正月に集まれたから、すごく嬉しいんだよ。きっと」 「まさか。おやじにかぎってそんなことは」 「だっておとうさん、楽しそうだったよ?」 息子のりんねにさえわからないことが、どうして桜にわかるというのか。りんねは首を傾げるが、続く桜の言葉にやけに納得してしまい、そして同時にこそばゆくて、彼女を直視できなくなった。 「私、いつも六道くんと一緒にいるから。六道くんが嬉しいとき、楽しいときにどういう顔をするのか、近くで見てるから。おとうさんの気持ちも、顔を見ただけでなんとなくわかるような気がするんだよ」 |