so fragile a castle


「紳士の仮面をかぶっているだけだよ」
 そう言って、六道くんのおとうさんはにっこりと笑った。
 砂浜に打ち上げられた貝殻を踏んで足に怪我をしてしまった私を、この人はいとも簡単に抱き上げて運んでくれている。最初は悪いからとおろしてもらおうとしたけど、いいからいいからと宥められて、厚意に甘えることにした。
「重かったら、言ってくださいね。自分で歩きますから」
「ちっとも重くないよ。それに、そのおみ足ではまだ歩かない方がいい」
 頭上で鳥の鳴き声がした。私達は二人で、しらしらと明けつつある空をあおぐ。
「──あ、カモメ」
 おとうさんは目を細めて、
「いや。あれはカモメじゃなくて、ウミネコだよ」
「そうなんですか?よく似てますね」
「うん。ぼくもずっと、どっちがどっちか見分けがつかなかったんだ」
 夜明けの海岸線を歩く。なかなか終わりが見えない。申し訳ない半面、このままずっと砂浜が続けばいいとも思う。
「ねえ、桜ちゃん」
 おとうさんの顎を見ていた私は、目が合いそうになると、朝日にきらきら輝く海へ視線を泳がせた。
「足はまだ痛む?」
「まだ、ちょっとだけ」
「血は?」
「今は多分、止まりましたけど」
 ねえ、桜ちゃん。
 なんですか、おとうさん。
「ぼくが舐めてなおしてあげようか」
 私はおかしくて、笑ってしまう。
「舐めたくらいじゃ、きっとなおりませんよ」
「でも、痛いんだろう?ここには絆創膏も塗り薬もないよ」
「じゃあ、痛くないです」
「本当に?」
「はい。大丈夫です」
「心配だなあ……」
「痛さなんて、忘れていられます」
 大人の男の人ってこんなに胸が広いんだ。私はなんだか急にまどろみたくなってきて、今これからが夜の始まりだったらいいのにと思った。潮の匂いを吸い込んで、彼の心臓の音を聴きながら、目を閉じる。
「鯖人さんが抱いてくれているから」




2015.08 clap
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