sunset on the coast


 東京の海はあまり綺麗ではないけれど、先輩は、海は好きだといって青い目を輝かせていた。
「あの世には川しかないだろう。海は現世【こちら】でしか見られないと思うと、なんだか得をした気分にならないか?」
 損得勘定で物事をとらえてしまうのは悲しきかな、貧乏人の性だ。そういう私も「得をする」ことにかけては人一倍敏感だけど。
 潮風にあおられて先輩の着物の袖がはたはたと靡く。私は振り返って、砂浜に残る二人分の足跡をながめた。浜に打ち寄せる白波がさあっと涼しげな音をたてている。水際すれすれに点々と刻まれた私達の足跡は、すぐに波に飲まれて消えた。
「れんげ、あれを見てごらん」
 先輩が声を上げる。振り向きざま、頬に柔らかいものが押し当てられる感触があった。それが世界中で一番大好きなひとの唇だとわかるまで、時間はそうかからない。
「架印先輩もそういう悪戯、するんですね」
「よくある引っかけ、だそうだ」
 先輩は面白そうに笑っている。一つ年上なだけなのに、余裕な態度でいるのが私は羨ましいとも思う。
 近頃の先輩は、命数管理局の新しい上司の影響で、時々こういうらしくないことをする。その上司というのが、結婚数十年目の奥さんといまだに鴛鴦夫婦だそうで。先輩は職場でよく惚気話を聞かされるらしく、あんなに淡白な人だったのに、すっかり毒されてしまったみたい。
「れんげ、きみの顔、夕日みたいに真っ赤だ」
 頬だけでもこんなに恥ずかしいのに、唇にされてしまった日には私、もう一生先輩に顔向けできないかも。
「あ、あんまり見ないでください、架印先輩」
「いやだ。ぼくはずっと、れんげのことだけ見ていたい」
 歯の浮くような台詞も、先輩の口から出れば心がとろけてしまいそうになる。
「……じゃあ、私も先輩を見ていていいですか?」
 これまでも、そしてこれからも。
 あなたのことが大好きです、架印先輩。




2015.08 clap
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