consolation

*りんね+六文 死ネタ

 猫は自分の死に際を悟ると、ひっそりとあるじのもとを去るという。

 別れの予感はしていた。六文が医師の治療を拒み、もうその命が手遅れなのだと知ったあの日から。
 死神界には数百年の時を生きるほど長寿の黒猫もいる中で、六文の一族はどうやら薄命の家系らしい。その昔、契約黒猫を必要としていた魂子が幼い六文をひきとった時点で、すでに彼には身寄りがなかったという。だからこうして、黒猫にしては早すぎる死期を迎えることは、生まれながらに六文が担った宿命だったのだろう。
「桜さまの膝がどれだけ心地よかったか、この世で一番よく知っているのはぼくでしょうね」
 安楽椅子に腰かけた六文が笑っている。その表情は、春の陽射しのように穏やかだ。
 りんねは数十年の間連れ添った、かけがえのない相棒の姿を、その目に焼き付けている。
「俺はちょっとだけ、お前のことがうらやましかったよ」
「そうですか?りんね様だって、何度も膝枕してもらったじゃないですか」
「だが、お前はいつも堂々と彼女の膝を独占しただろう?」
「それは、黒猫の特権ですね」
 笑い声が消えるとまた、静寂が訪れた。六文は杖をついてふらりと立ち上がった。これが彼と交わす最後の会話になるだろうことを、りんねはまだ信じられずにいる。
 たくさんの死を目の当たりにしてきた死神でありながら、身近な死にはこんなにも鈍感になってしまう。窓の外を眺めている契約黒猫の背はあまりにも見慣れたもので、これが今日で見納めになるものだとは到底思えない。
 けれど黒猫は、去っていくのだ。あるじに死に際を見せないために。
「気づかれないように、発つつもりだったんですがねえ。りんね様を出し抜くことは、やっぱり難しいや」
 りんねは黙って出ていこうとした水臭さを、咎めることはしなかった。それが猫の性【さが】だということを知っているから。
「ぼく、あまり遠くへは行かないようにしますね。できる限り、近くにいますからね。またすぐに、お二人を見つけられるように……」
 猫の姿に転じた六文が、ひらりと飛び込んできたのを、りんねは胸にそっと抱きとめた。すっかり年老いた黒猫が、この瞬間だけはまるで、出会ったころの子猫のように敏捷にその身を躍らせていた。
「六文。お前いつのまに、黒猫から白猫になっていたんだろうな──?」
 白い毛に覆われた黒猫が、心地よさそうに目を閉じる。甘えるように、喉をごろごろと鳴らしている。
 離れたくない。
 離したくない。
 死神は猫の額に頬を擦り寄せ、こみあげる涙をこらえている。冬の寒い朝、こうして身を寄せ合って暖をとったことが、今となってはもうこんなにも懐かしい。
「──長い間、ご苦労だったな、六文」


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(2015.11.07)

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